お別れ会は中曽根康弘が葬儀委員長をつとめるなど、会葬者は多彩。小泉総理を始め政財界、官界、後援会、友人関係など約2000人と、政治家のお別れ会としては大盛況であった。
中曽根元総理は故人への弔辞をかたり、衆議院議員代表としては河野洋平衆議院議長が
「後藤田先生はカミソリという名前の他ハト派として自衛隊がイラクに行ったのは間違っている。イラクは間違った戦争だったといわれていた。
6月に日中・日韓関係が大事なとき小泉総理が靖国参拝を繰り返している。そこで、元総理などに小泉総理の靖国参拝は「慎重にも慎重を重ねてやるべきだ」と意見を聞いたところ、三権の長がそう言うことをするのは三権分立を犯していると批判があった。
この件で後藤田先生にご意見を伺った所、「日本の政治は議会選民主主義だ。現職の総理に対して意見を言うのが何が悪いのか」と言われたとエピソードを紹介。
最後に後藤田正晴の長男・後藤田省吾から会葬御礼の挨拶があった。
「8月23日、ちょっと行ってくると入った病院の検査が基でおかしくなった。順天堂病院に代えた。順天堂病院では大変手厚い治療をして頂いたが肺炎を併発して帰らぬ人にんった」
と紹介。会場内ではアレー何のことだろうと思った人もいたようだ。
この点を後藤田正晴の関係者に聞くと
「後藤田さんこれまで大変元気で健康体だと思っていた。8月に入って風邪気味だったので8月23日に主治医的存在だった三井記念病院に検査入院した。病院でエックス線検査ををすると肺に影が見つかったそうだ。
病院では肺に内視鏡を入れて精密検査をしたいという。親族はもう歳だからそんなことをしなくてもいいよといったが、病院側でどうしてもやりたいというので内視鏡検査をやって貰った。
その検査をした時、どうも内視鏡で肺の組織を傷つけてしまったらしい。
これに親族が怒ってこんな病院はダメだと8月末に順天堂病院に転院した。それでも体調は一進一退を繰り返していたが9月の総選挙の後、事務所関係者に『選挙の方大変ご苦労さんやったなー。これからも頑張ってな』と慰労の電話をしていた。事務所の関係者は元気だと思っていたら突然、肺炎を併発、呼吸困難となり9月19日午後8時53分、逝去された。
もう老人だから検査はしなくてもいいんじゃないかというのに無理矢理検査をした病院側に問題があったんじゃないの。
ちょっと病院に行ってくるといっていたのに病院に行ったら遺体で帰ってきたというのでは遺族は怒ってるんじゃないかね。つい最近まで元気だったのに誠に残念だ。」
葬儀終了後、後藤田正晴の遺影の前に会葬案内、受付や事務手続きをした永田町関係者が集まった。
川人正幸・後藤田正晴秘書が
「ある政治部関係者からこれほどのお別れ会は今後もないだろう大変素晴らしいお別れ会だったといわれた。今日の会の運営に携わって頂いた人に大変感謝申し上げます。ありがとうございました」
と神妙な顔をして御礼を述べる。
「カミソリ後藤田」の異名を取り、後藤田の発言の重さで政治が左右される時もあった。 その後藤田正晴の死の原因が「医療ミス」とすれば実に無念な死と言うことになる。
by 辻野匠師
