みなさんご存じのように、うちのボスには様々なというか、個性豊かというか、強烈なというか、お友達がいます。
  その一人が長谷川寿紀さんです。ご本人から寄稿がありましたでご紹介させていただきます。

 

 長谷川さんのブロフィール、
1957年北海道旭川市生まれ。アメリカ合衆国ミシガン州在住。神経内科、てんかん専門医、ミシガン州立医大サガノー分校助教授。1980年渡米。1987年カリフォルニア州ロマリンダ大学医学部卒。1991年ウイスコンシン大学神経内科レジデント修了。1993年シカゴのラッシュメディカルセンターで、てんかん学の天才フランク・モレルに師事、さらにパーキンソン、運動失調疾患専門医のハロルド・クラワンからメディカルエッセイを学ぶ。現在、ミシガンの退役軍人病院・神経科クリニックの主任。他著作に『モンタナ神経科クリニック物語―アメリカ僻地医療の素顔』など
 

 という方です。

 その方が、実は、ひそかにさる本を出版され、ひそかに物議をひきおこしていました。
 その著作は「犬解剖物語」という、愛犬家がきいたら、腰をぬかしそうなタイトルの本です。ちなみに、私もボスも、猫もすきですし、犬もすきですし、個人的にはいたちに似た、ペレットというのを、子供にせがまれて、家族の一員としています。(かわゆいです)

 そういえば、ボスがさる療養所で療養していたときに、同じ患者にさる獣医師がいて、意気投合して、一緒に近所の公園付近に生息している野良猫や、野良犬をかたっぱしから、「野良猫狩り・・・」「野良犬狩り・・・」・・・・もとえ、「保護」・・・して、かたっぱしから、ワクチンうちまくり、かたっぱしから「去勢手術」して歩いたそうです。つまり、暇だったんですね。

  いかんせん、うちのボスのやることですから、徹底します。
   犬、猫・・・たまに山鳥や野ウサギ、狸、蛇、あと牛とか馬、羊・・・がいたらしい・・・の保護には、近所の小中学生をオルグして、某出版社から横流しさせた、エロ本でなくて、テレホンカード(当時は人気あった)を餌に・・・もとえ・・・プレゼントして集めた。

 さらに、療養所の院長に説得、恫喝、かけあいして、、つかっていていない手術台(もちろん人間用)を占拠するや、麻酔薬、医療器具、その他は、当然、横流しさせて、多いときには、1日、20匹の猫ちゃんや、ワンちゃんを処術したそうで、「オレは、あくまでもアシスタントだったが、獣医師のやっているをみているとオレにも去勢術ができそうなきがするから、不思議だった。ためしに、おまえのやってやろうか?煩悩から脱却できるぞ!」ととんでもないことをいいます。
 その行為が結構有名になって(ま、派手にやったんだろう)、地元のマスコミが取材にきたり、たしか、その町の町会議員が表彰したいといってきたら、「俺たちは実は、動物虐待をしたかもしれん」といって、その獣医師と、固辞、逃亡したのでありました。

 そのせいなのか、そうでないのかわかりませんが、たいていの猫や、犬、ペレットはボスになつきます。

 と、いいつつ、実は、オレの見ている前で、アライグマにガブリと指をかまれたこともあったが・・・笑い。(全治1ヶ月。猿も木からおちる.。その間、オレがボスの原稿を口述筆記した。ま、たいしたことない、銭稼ぎの原稿だったが)

 あ、今は、そのボランティアはやっていませんので、問い合わせされてもこまります。


犬解剖物語

 

 

 

 




長谷川 寿紀著 「犬解剖物語」

 この本がどういう本かというと、著者からのコメントを引用すると、

 

これは、ある山の中の全寮制のミッションスクールを舞台として自分の実体験の日記の記述を基にして書かれた短編小説ですが、犬の解剖の知識を提供する本ではありません。
 従って、解剖の写真や図表、解説などは残念ながらありません。
 カレッジの看護学部での犬の解剖と言う科学研究者の側の日常と、既成の秩序にある平穏を愛する側の日常がぶつかり合った時に起こる当惑と混乱、その中に筋を通そうとする悲哀と笑いをコンパクトに描写することを試みた一冊です。
 副題は動物愛護協会に対して多少挑発的ですが、当方は彼らに殊更恨みなどがある訳ではありませんが、理不尽な動物愛護主義を軽くけなして、動物実験などで社会に貢献する私どもの同業者のために一矢を報いるという趣旨になっています。
 我々の社会は他の生物との共存の世界でもありますが、それはまた動物の犠牲によって益を受けている社会です。そういう現実を見据えつつ動物を愛しているといいながら人を愛せなくなった世界を揶揄するのがこの短編のディープな思想です。
 少し常識から外れたような社会空間という状況設定の中で、カレッジの教授の葛藤、ある女性の死をめぐる良心の呵責、犬解剖をめぐる若き科学者の闘争、そうしたヘビーな題材を組み合わせて、読者に考えさせて、しかも軽く笑えるようにまとめました。
 この出版による社会的批判は喜んで受容したいと思います。」

 

 そこで長谷川様からの寄稿を紹介させていただきます。

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「犬解剖物語(副題:動物愛護協会との戦い)」の紹介とこれまでのあらまし

文責・長谷川寿起

 

 これは私の非医学専門系では第二番目の出版です。私は考える所があって日本の医学部を中途退学してアメリカ合衆国の医学部を卒業して現在合衆国の退役軍人病院で神経内科クリニックの主任をしています。
 これは私の実体験の日記をベースにした短編小説ですが、最近の過激に先鋭化した動物愛護主義を皮肉ってへこますという逆襲のアクションのために書かれたものです。私の学んだアメリカの医学部でもこうした動物愛護、アニマルライトだかの人たちによる動物実験妨害の洗礼を受けました。
 神経内科ではラットを用いた研究は日常茶飯事で、大型の高度大脳機能の実験にはサルを使うこともあります。サルやネコを用いた実験を行っていたウィスコンシン大学の実験棟では脳疾患の研究をしていたサルが連れ去られる事件がありました。ヒツジを使って胎盤機能の実験をしていた南カリフォルニアのロマリンダ大学では、地下の実験施設が侵入され機材を破壊される憂き目を見ました。 
 警官が呼ばれ何人かの活動家が不法侵入と破壊容疑で逮捕されました、しかしそれにも懲りず、大学の外にプラカードを持って押しかけ研究者たちに毒づく動物愛護主義者というのは一体医学に貢献する動物の犠牲の意味を全く理解していない(理解しようともしない)ようすでした。
 
 ペットの動物を愛するのはよいが、こうした行きすぎた動物過保護過剰愛護精神が昂じると医学の研究は大きなサボタージュを受けて停滞に陥るだろうと思いました。また、動物愛護を政治的カードに使っている自称市民団体も困ったもので、動物の命と人間の命が比べられない人達に医学の進展を阻まれるというのも社会の公正正義に反するものであります。こうした状況を見ながら、書置きしていたものを、たまたまインターネットで目のとまったある出版社の原稿募集記事があったので、そこに送ったところ、あっという間に私の自称「玉稿」が「犬解剖物語」という賑々しいタイトルのもとに装丁のいい本になってしまった次第です。
 
 まあ、そこまでは良かったのですが、問題はそれから。これを売る出版社の出版促進担当の係りの人が言うには「これはミリオンセラーにはならないと思うけれど、面白いのできっといい線行く売り上げが出るでしょう」と言いました。 
 そして、彼らの言うには「ちょうど行きすぎた動物愛護主義を反省する時が来た様で、ちょうど他の著者の人が「鯨」の問題を取り扱って出版された新刊があるのでそれと一緒にテーマを作って本屋に並べさせましょう」と景気良くぶちあげました。
 しかし、この販売戦略はどうやら裏目に出、グリーンピースかしらん動物愛護の過激なリベラリストの「妨害」に会ったようで、一部の本屋からは、こんな本置くな、などと言われて鯨の本と一緒につき返されてきたそうです。本屋に圧力をかけた奴もいたようです。
 
 そればかりか、私が自分で無料サーバーに作った「犬解剖物語」の著者紹介のページが突然一方的に、「動物虐待を煽る不適切なもの」とされてアカウントごと削除されるなどの迫害に遭遇しました。こんな所からして、日本の中の狂熱的動物愛護が実験医学に与える偏見は並大抵のものではないと認識しました。
 
 こうした状況なので私の本の販売は停滞中です。
 
 そこで今回、栄えある悪友松永様のお助けを賜って、この本を松永様のハイパワーブログで紹介をお願いすることとなりました。この本がもう少し鼻くそ程でも世間に出て読まれるようになりますと、いくつかの良いことがあります。
(1)まず第一に、社会に現状の動物愛護保護主義は理性に基づいたものではないということを啓発する足がかりが出来ます。
(2)第二に、最も健全な動物愛護のありかたとは何か、今の様でいいのかと再考させ、動物愛といいながら人間を愛せない人にエスカレートさせられたアニマルライト運動の愚かさを反省する機会になるでしょう。
(3)第三に、医療の進歩のために動物の犠牲が必要であることを社会にアピールし返すきっかけになれます。
(2)第四に、政治的な運動に訴える動物愛護主義は実は階級闘争が姿を変えたものであることを人々が理解できるようになります(グリーンピースの例を挙げるまでもなく)。
(4)第五に、これが世界に出て、日本人がもっと鯨の缶詰が食べられるようになる議論が出来る人を少しは増やすかもしれません。
 
 行き過ぎた動物保護主義が社会に与える影響を感じている人は是非一度お目通し下さいまし。
 
 以上