みなさんおなじみの、毒吐きてっくさんが、興味深いテーマを掲げている。たぶん、この辺が自民党、民主党をとわずに現実的な議論の焦点になるのでないだろうか?

 きっかけは、中川政調会長の発言・・・

 自民党の中川政調会長発言は、
「(日本の)憲法でも核保有は禁止されていない。核があることによって(他国に)攻められる可能性が低くなる。あるいは、やれば、やりかえす、という論理は当然あり得る。議論は当然あっていい」

 もちろんこれに対して「核保有議論あっていい」に与党から否定意見相次ぐ

 そういえば、民主党の党首である小沢一郎さんが卒いた新進党時代に、中西啓介防衛庁長官が、「憲法改正の議論」を説いただけで、当時、野党だった自民党から追求されて、長官の職を辞さなければならなかった。さらにその後、西村慎吾防衛政務次官が「核武装の議論」を説いただけで、政務次官の職を辞さなくてはならなかった。

「議論をする」必要性を説いただけで、職を辞さなくてはならない、歪な時代が、つい最近あったことを、まず、わすれてはいけないだろう。

 

 消極的核武装論の前提として、てっくさんは、ニューヨークタイムズのMutually Assured Disruptionという記事を紹介している。日本の核武装のすすめみたいな記事なのだけど、この記事を書いている人が興味深い。
 DAVID FRUM(デービッド・フラム―)が寄稿しているからだ。彼は、2001年から2002年までの、ブッシュ大統領のスピーチライターで、AEI(American Enterprise Institute)のフェロー。そして、このAEIこそ、共和党系のシンクタンクだからだ。これを産経新聞が紹介しているので、それを転載。

北、核の脅威 核開発競争を懸念、米で日本核武装論浮上
2006年10月12日 産経新聞 東京朝刊 国際面

 【ワシントン=有元隆志】北朝鮮の核実験発表がアジアなどでの核開発競争の引き金になりかねないとの懸念が米国内で浮上、その中で「日本核武装論」もしきりに取りざたされている。日本も自前の核抑止力を構築せよと過激な提言も飛び出し、スノー大統領報道官も日本の核保有は望まないと反論する事態になっている。安倍晋三首相は「わが国は核保有という選択肢を持たない。非核三原則は一切変更がない」と明言しており、日本側の認識との隔たりが際立っている。

 日本への独自核の勧めを説いたのは、イラク、イラン、北朝鮮を「悪の枢軸」と名指しした2002年のブッシュ大統領の一般教書演説の草稿を執筆したことで知られるデビッド・フラム氏。

 10日付の米紙、ニューヨーク・タイムズへの寄稿で日本に核拡散防止条約(NPT)の破棄と核抑止力の構築を奨励せよとブッシュ政権に求め、「中国や北朝鮮が最も恐れることだ。地域の核バランスを崩そうとする無法国家の試みを、米国や友好国が積極的に正そうとすることを示す」と、その理由を説明した。

 ハーバード大のスティーブン・ローゼン教授は9日のラジオ番組で「北朝鮮の核の脅威に米国が効果的に対処できないとき、日本は自らを守ろうとしよう。今後5年から10年にかけて、北朝鮮だけでなく核保有の日本と共存しなければならないかもしれない」と予測。

 これに対し、国家安全保障会議(NSC)のマイケル・グリーン前アジア上級部長は10日のラジオ番組で、日本は唯一の被爆国であり、「核アレルギーが強い」と指摘。

 ブッシュ大統領が9日の声明で日本や韓国などの地域の同盟国に対し、「抑止力と安全保障上の義務を全面的に果たす」と述べて、引き続き、米国の「核の傘」で両国などを覆っていくことを保証した点を挙げ、日本による核保有にはつながらないと反論している。


 本当は、原文を読んだ方が、おもしろいのだけど訳すのが面倒くさいので、てっくさんが、テキトーに訳してくれた部分を、これも転載。

「アメリカは、日本に核拡散防止条約から脱退して、自前の核抑止力を構築することを勧めるべきだ。
 第二次大戦なんて、もうとっくの昔に終わったことじゃないか、今の民主主義の日本が、のさばってる(台頭する)中国に対して、いまだ良心の呵責を覚えているなんて、おバカな、見せかけの素振りはもうやめるときがきた。
 核武装した日本ってのが、中国や北朝鮮が一番最も恐れる存在じゃないか・・・その次が多分、韓国や台湾。
  日本の核武装ってのは、中国や北朝鮮に対する懲罰になるだけでなく、われわれアメリカの目標であるイランを思いとどまらせることにも役に立つんだ。
 日本に核武装を勧めることは、テヘラン(イラン)に対し、アメリカとその友好国は、ならずもの国家が地域の核のバランスを崩そうとする、いかなる試みに対しても攻撃的な是正をするってことを、知らしめることになる
 イランには、もちろんアメリカはイスラエルの核攻撃能力を高めることもできるんだよって脅しってのもある」


 消極的核武装論については、てっくさんは、核武装論者に問う−核武装議論の前にで展開して、右左にかかわらず、ひろい議論をもとめている。ぜひ、一考いただきたい。

 いえることは、単純な核武装論や、単純な非核武装論という土壌での、議論はもやは意味をなくさなくなっているということだろう。

 さらに興味深いのは、仮に核武装するにしても、日本はいったいどこで、「核実験をするのか?」という現実的なテーマにもふれている。

 ソビエトが核実験をくりかえしたカザフスタンでの惨状は実は、知られているようでしられていない。

「核実験は祖国に対する核戦争だった」

 というエントリーは重いが、まぎれもない現実だ。

 最後にてっくさんは、この議論を提示して、こう結んでいる。

「このエントリは左右問わずにいろんなブログさんにトラックバック打ちました
 核武装とか、有事法制の問題は、国民みんなの議論が必要と思うから主張が合いやすい、言わば、仲間うちだけで話してても仕方ないと思うし、将来的に避けて通れない議論だと思うし・・・
 だから、タメの議論で相手を叩かないでください
 そして、できれば・・・うちの読者層と違う方からの積極的なコメントも、お待ちしてます」

 うちも各層にトラックバックをうたせていただきます。

以上
北岡拝

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