相互リンクをはっていただいている、
 
佐藤 健の溶解する日本さん、

 佐藤健さんの、お父さんが亡くなられたようです。

父逝く

 ついに逝った。
 不思議になんの感慨もない。
母を失ったときには、死に立ち会えなかったにも拘わらず瞬時に色々の思いが去来したものだが、そういうものがなにもない。

 当たり前なのだろうが、しかしこうして思えば僕と彼とは不思議な親子関係だった。


 おもえば、うちのボスのお父様(日教組を殴った人)が亡くなったのは2年目。今年で3回忌を迎える。ボスの友人で、犬の解剖をしている犬の解剖から最先端医療まで さんは、お父様が亡くなられたときに、寄稿してくれた。Short story of my father's last day「父の葬式」
 さらにボスの友人でちょっとコワメのYEさん「ブラジル移民・移住百周年」をむかえるに際して by「Y.E」のお父様も昨年の暮れに亡くなった。葬式でのYEさんの最後の挨拶で「親父は名前どおりに、幸福な人生をおくったと書き残していた」といった。

 私が、家庭裁判所に送られたときに、何も文句をいわずに黙って「未成年の私に酒を飲ました」親父は、私が留学中に黙って死んだ。最良のいじめ対策は、復讐!。「遊学中の奴にいちいち帰国させるな」が遺言だった。親父の年代の人にとって、留学とは何十日も客船に乗って異国の地に単身乗り込むという鬼気迫る覚悟が必要だったのだろう。俺は留学先の大学にろくにいかず、ただ遊んでいただけだったけれど・・・。

 戦争を経験したわれわれの父親の年代の人がどんどん亡くなっていく。当然の歴史の流れだ。当然の自然の摂理だろう。

 その摂理に、

>しかしこうして思えば僕と彼とは不思議な親子関係だった。

 と記した佐藤健さんの、細かい事情はしらなけれど、共感できるものがある。
 安易な追悼文をよせたくないが・・・。

 親子の不思議な関係に、お悔やみを申し上げたい。

オフイス・マツナガ拝
(文責・その他)