1977年12月、福田康夫は福田赳夫総理の政務秘書官に就任して政界入りをした時に、外務省から事務秘書官として出向していたのが、小和田恒(1932年生まれ)。福田康夫を年齢が近いこともありすぐに親しくなり、それ以降、家族ぐるみのつきあいとなる。
 小和田恒の娘・雅子さんの結婚には、福田康夫が「もういい加減に結婚させろ」とアドバイスしたことから、端を発するとの説もある。その後、雅子さんは、皇太子と結婚することになる。

 小和田恒が、ハーグの国際司法裁判所判事に任命されるにあたっては、当時、官房長官だった福田康夫が外務省等に積極的に働きかけたとされている。小和田恒が日本に帰国すると必ず福田康夫事務所に挨拶に訪れる。秘書時代からの友情関係が現在も続いている。