白坂依志夫の「女優遍歴」2
2008年05月25日
白坂依志夫の「女優遍歴」1 につづいて、パート2です。
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さて、この白坂氏だが、彼のプロフィールをしらべてみたが、なかなかその詳細がわからない。
脚本家。増村保造とのコンビで知られる。テンポのはやい作風で有名。父は、脚本家の八住利雄。
とあるだけ。
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 でも、その項目はまだできていないようだ。白坂氏がかかわった映画は、白坂依志夫 とはに詳しい。
週刊新潮5/29号で、「伝説の脚本家」が明かした過激な「女優遍歴」という特集を組んでいるが、ここで、石堂淑朗氏が、
「白坂君の父・八住利雄さんは、ロシア文学の翻訳家でも知られる著名な脚本家で、母は山本夏彦さんのお姉さん。こういう家柄も血筋もいいお坊ちゃまは脚本家には珍しい。金持ちで物書きという点は石原慎太郎と共通しているけれど、下品で図々しい石原とは、ボンボンの格が違ったよ」
とふれている。
石原慎太郎が下品で図々しいというあたり、石堂さんの面目躍如だけど、肝心の白坂氏の経歴は、この週刊新潮さんもふれていない。
だれか、わかる人、おしえてください。
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白坂依志夫の「女優遍歴」1 につづいて、白坂依志夫の「女優遍歴」2で紹介させていたきます。
ただし、注意してほしいのは、こちらの紹介は、いってみれば、さわり部分。紹介、宣伝させていただいているわけです。
あとは、シナリオ別冊 2008年6月号 脚本家白坂依志夫の世界
で直接注文してよんでください。なお、現段階では、セブンアンドワイで注文可能(注意:と紹介しているうちに、今、確認したら品切れの様子^^;ここは、ぜひ、増刷してもらいましょう)
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ハイミナールな相関図
白坂氏が活躍(?)された時代は、合法ドラックとして流行した睡眠鎮静剤「ハイミナール」の全盛時代。(注意:現在は禁止薬物である)
白坂氏をはじめ芸能界では相当に、「ハイミナール」が蔓延していたようだ。
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団令子(1935−2003年)
団令子(だん れいこ、1935年3月26日 - 2003年11月24日)は、日本の女優。京都府出身。
<「何か、のんでいるの?」虚をつかれたように、団ちゃんは、「え?」と、トロンとした眼で私を見る。「大丈夫。僕も同類だから」「ホンマ?」安心したのか、京都ナマリがポロッと出て、「恩地さんには、ヒミツよ。今日は、あなた達に会うので、キンチョウするから、特別に飲んできたのよ、ハイミナール>
おなじハイミナール仲間ということで、気をゆるしたのか、団令子は当時でも入手が困難になりつつあぅたハイミナールの入ったケースをお土産にして、白坂氏の家を訪ねてきた。
<ハイミナールのいいところは、男女関係が即断即決することだ。クスリがもつ連帯感、酩酊状態等々が、ややこしい口説きやカケヒキをなくしてしまう。十分後、私達は寝室のベッドで、抱き合っていた>
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サメハダの女 瑳峨三智子(1935−1992年)
瑳峨三智子(さが みちこ、1935年3月1日 - 1992年8月19日)は、女優。俳優・月田一郎と女優・山田五十鈴との間の一人娘。京都府京都市出身。相模女子大学文学部中退。
1952年9月、東映に入社し、嵯峨美智子(後に瑳峨三智子に改名)の芸名で女優デビュー。1956年に松竹移籍。母・五十鈴譲りの妖艶な色気と演技力で人気を得たが、金銭トラブルや薬物中毒などたびたびトラブルを起こし、芸能界復帰と失踪を何度も繰り返した。
1992年8月19日、滞在先のフィリピンでクモ膜下出血のため死去。享年57。嵯峨三智子の詳細
白坂氏と久しぶりにホテルのバーで再会した瑳峨三智子。トイレにいったさいにクスリを飲んできたきたらしい瑳峨は、すでにラリパッパ状態。
<放っておいては、フロアに崩れ落ちて眠ってしまう感じがしたので、ボーイを呼んで部屋をとった。ボーイと一緒に、部屋へ連れて行く。二人っきりになれば、もうこっちのものである。私はラリパッパの女とはつきあいなれている。たとえスターでも、ラリっていては、所詮そのテの女性と同じである。昔、先輩のババヨシが「サメハダの女は凄いぞ」といっていたことを、思い知らされた。アイ・ジョージや大川橋蔵や安藤昇等が、彼女の肉体に執着する理由がよく分かった>
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江波杏子(65)とも「ハイミナール関係」だったらしい。
江波杏子(えなみ・きょうこ 、1942年10月15日‐、本名:野平香純=のひら・かすみ)は、東京都出身。昭和後期・平成期(1960年代〜)の女優。
天秤座のA型。
非公式だが「えなきょん」と呼ばれることもある。
稀にエナッチ、エナパイとも呼ばれることもある。
芸名の由来は
江波は母親の「江波和子」、
杏子は室生犀星の「杏っ子」から取ってつけた。
曾祖父が、最後に沖田総司をかくまった植木職人の柴田平五郎。
公式プロフィールでは身長161cmとなってるが、
実際は155cmと意外に小柄。
母・江波和子も戦前に映画女優として東宝で活躍し、その影響で高校生の1959年に大映入り。江波杏子の詳細
<私は、江波さんの所に、入りびたることになる。ほとんど、薬づけだった。気がつくと、床の上で裸で抱き合っていたこともあったし、シワになるからとスーツを脱がされ、彼女の部屋着に着替えて女装姿で眠っていたこともあった。そんな仲だから、クスリが切れると、ひどくわびしい。真っ白な荒野にいるようだ。あっちこっちに、電話をかける。「団令子さん、持っていないかしら?」と、江波さん。「持ってるわよ、きっと。私、電話してみる。出たら代わってね」>
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伊丹十三が連れ歩いていたキキなる女性
<キキは20才前後とは信じられない性戯で私を責め、細かく描写したい誘惑にかられるが、シナリオ作協内部だけで著名な痴漢ライターN氏が、この連載がはじまった頃から、「品位がない」「今に誰かに訴えられる」とブツブツ言っているようなので、やめておこう。痴漢行為の方が、すっとヒレツだ、と思いつづけてきたが、ここで書いてしまってスーッとしたぞ、N君よ!>
なるほど、どの業界にも「N君」のような人物はいるようですね。我々の業界でも、「N君」のような人がいるようです・・・。ということで笑えました。
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以上、駆け足で「脚本家白坂依志夫の世界 」を紹介させていただきました。しかし、本編ではまだまだ、興味をそそる話やら、登場人物がでてきます。
すでに、売り切れ店続出ということですが、なぜか、当方には3冊もある・笑。
うちの記者はめざといわけですね。
ちなみにうちのボスは、シナリオ協会の知人から送本されました。ところが、「ケチ」でなぜか、貸し出ししない。「おまえらに貸し出すと戻ってこない」(ボス談)ということなのですが、私も一冊入手して、ボスが「絶対に貸し出ししない」という理由がわかりました。
私も、絶対に貸し出ししません。
やはり、これは、永久保存版です。
みなさんも、ぜひ、入手してみてください。
以上
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