オフイス・マツナガのブログ!(現役雑誌記者によるブログ日記!)【雑誌書籍紹介】「田母神俊雄」論文 全文掲載


「この論文が問題になるところに、日本の今の問題がある」(ボス談)

「民主党の鳩山や小沢の反論は不愉快。鳩山由紀夫はどうでもいいとして、小沢一郎は同じ事をいっていたじゃないか?・・・これで、民主党は政権党にふさわしくないと私は判断する。よろこんでいるのは日教組ぐらいだろう」(北岡記者談)

「自民党の不甲斐なさの象徴。村山談話、河野談話が足かせになった。これも自民党がやってきたこと。麻生首相もその程度の総理大臣」(辻野記者談)

「日本の政治が、結局、誰も本気で国家の有り様を考えてこなかったことがわかっただけ。自民党も民主党も50歩100歩」(中里記者談)

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 参考ニュースとして、中国の反応もみられるようにしました。
 以下参照・・・・・・・・・・・・

田母神俊雄-今週のキーワード by オフイス・マツナガ

 

 ということで、以下に、

「田母神俊雄」論文
「日本は侵略国家であったのか」

 全文転載



日本は侵略国家であったのか
田母神俊雄


 アメリカ合衆国軍隊は日米安全保障条約により日本国内に駐留している。これをアメリカによる日本侵略とは言わない。二国間で合意された条約に基づいているからである。我が国は戦前中国大陸や朝鮮半島を侵略したと言われるが、実は日本軍のこれらの国に対する駐留も条約に基づいたものであることは意外に知られていない。日本は19世紀の後半以降、朝鮮半島や中国大陸に軍を進めることになるが相手国の了承を得ないで一方的に軍を進めたことはない。現在の中国政府から「日本の侵略」を執拗に追求されるが、我が国は日清戦争、日露戦争などによって国際法上合法的に中国大陸に権益を得て、これを守るために条約等に基づいて軍を配置したのである。これに対し、圧力をかけて条約を無理矢理締結させたのだから条約そのものが無効だという人もいるが、昔も今も多少の圧力を伴わない条約など存在したことがない。

 この日本軍に対し蒋介石国民党は頻繁にテロ行為を繰り返す。邦人に対する大規模な暴行、惨殺事件も繰り返し発生する。これは現在日本に存在する米軍の横田基地や横須賀基地などに自衛隊が攻撃を仕掛け、米国軍人及びその家族などを暴行、惨殺するようものであり、とても許容できるものではない。これに対し日本政府は辛抱強く和平を追求するが、その都度蒋介石に裏切られるのである。実は蒋介石はコミンテルンに動かされていた。1936 年の第2 次国共合作によりコミンテルンの手先である毛沢東共産党のゲリラが国民党内に多数入り込んでいた。コミンテルンの目的は日本軍と国民党を戦わせ、両者を疲弊させ、最終的に毛沢東共産党に中国大陸を支配させることであった。我が国は国民党の度重なる挑発に遂に我慢しきれなくなって1937 年8 月15 日、日本の近衛文麿内閣は「支那軍の暴戻(ぼうれい)を膺懲(ようちょう)し以って南京政府の反省を促す為、今や断乎たる措置をとる」と言う声明を発表した。我が国は蒋介石により日中戦争に引きずり込まれた被害者なのである。

 1928 年の張作霖列車爆破事件も関東軍の仕業であると長い間言われてきたが、近年ではソ連情報機関の資料が発掘され、少なくとも日本軍がやったとは断定できなくなった。「マオ( 誰も知らなかった毛沢東)( ユン・チアン、講談社)」、「黄文雄の大東亜戦争肯定論( 黄文雄、ワック出版)」及び「日本よ、「歴史力」を磨け( 櫻井よしこ編、文藝春秋)」などによると、最近ではコミンテルンの仕業という説が極めて有力になってきている。日中戦争の開始直前の1937 年7 月7 日の廬溝橋事件についても、これまで日本の中国侵略の証みたいに言われてきた。しかし今では、東京裁判の最中に中国共産党の劉少奇が西側の記者との記者会見で「廬溝橋の仕掛け人は中国共産党で、現地指揮官はこの俺だった」と証言していたことがわかっている「大東亜解放戦争( 岩間弘、岩間書店)」。もし日本が侵略国家であったというのならば、当時の列強といわれる国で侵略国家でなかった国はどこかと問いたい。よその国がやったから日本もやっていいということにはならないが、日本だけが侵略国家だといわれる筋合いもない。

 我が国は満州も朝鮮半島も台湾も日本本土と同じように開発しようとした。当時列強といわれる国の中で植民地の内地化を図ろうとした国は日本のみである。我が国は他国との比較で言えば極めて穏健な植民地統治をしたのである。満州帝國は、成立当初の1932 年1 月には3 千万人の人口であったが、毎年100 万人以上も人口が増え続け、1945 年の終戦時には5 千万人に増加していたのである。満州の人口は何故爆発的に増えたのか。それは満州が豊かで治安が良かったからである。侵略といわれるような行為が行われるところに人が集まるわけがない。農業以外にほとんど産業がなかった満州の荒野は、わずか15年の間に日本政府によって活力ある工業国家に生まれ変わった。朝鮮半島も日本統治下の35 年間で1 千3 百万人の人口が2 千5 百万人と約2 倍に増えている「朝鮮総督府統計年鑑」。日本統治下の朝鮮も豊かで治安が良かった証拠である。戦後の日本においては、満州や朝鮮半島の平和な暮らしが、日本軍によって破壊されたかのように言われている。しかし実際には日本政府と日本軍の努力によって、現地の人々はそれまでの圧政から解放され、また生活水準も格段に向上したのである。

 我が国は満州や朝鮮半島や台湾に学校を多く造り現地人の教育に力を入れた。道路、発電所、水道など生活のインフラも数多く残している。また1924 年には朝鮮に京城帝国大学、1928 年には台湾に台北帝国大学を設立した。日本政府は明治維新以降9 つの帝国大学を設立したが、京城帝国大学は6 番目、台北帝国大学は7 番目に造られた。その後8 番目が1931 年の大阪帝国大学、9 番目が1939 年の名古屋帝国大学という順である。なんと日本政府は大阪や名古屋よりも先に朝鮮や台湾に帝国大学を造っているのだ。また日本政府は朝鮮人も中国人も陸軍士官学校への入校を認めた。戦後マニラの軍事裁判で死刑になった朝鮮出身の洪思翊(ホンサイク)という陸軍中将がいる。この人は陸軍士官学校2 6 期生で、硫黄島で勇名をはせた栗林忠道中将と同期生である。朝鮮名のままで帝国陸軍の中将に栄進した人である。またその1 期後輩には金(キン)錫源(ソグォン)大佐がいる。日中戦争の時、中国で大隊長であった。日本兵約1 千名を率いて何百年も虐められ続けた元宗主国の中国軍を蹴散らした。その軍功著しいことにより天皇陛下の金賜勲章を頂いている。もちろん創氏改名などしていない。中国では蒋介石も日本の陸軍士官学校を卒業し新潟の高田の連隊で隊付き教育を受けている。1 期後輩で蒋介石の参謀で何応欽(カオウキン)もいる。

 李王朝の最後の殿下である李垠(イウン)殿下も陸軍士官学校の2 9 期の卒業生である。李垠(イウン)殿下は日本に対する人質のような形で1 0 歳の時に日本に来られることになった。しかし日本政府は殿下を王族として丁重に遇し、殿下は学習院で学んだあと陸軍士官学校をご卒業になった。陸軍では陸軍中将に栄進されご活躍された。この李垠(イウン)殿下のお妃となられたのが日本の梨本宮方子(まさこ)妃殿下である。この方は昭和天皇のお妃候補であった高貴なお方である。もし日本政府が李王朝を潰すつもりならこのような高貴な方を李垠(イウン)殿下のもとに嫁がせることはなかったであろう。因みに宮内省はお二人のために1930 年に新居を建設した。現在の赤坂プリンスホテル別館である。また清朝最後の皇帝また満州帝国皇帝であった溥儀(フギ)殿下の弟君である溥(フ)傑(ケツ)殿下のもとに嫁がれたのは、日本の華族嵯峨家の嵯峨浩妃殿下である。

 これを当時の列強といわれる国々との比較で考えてみると日本の満州や朝鮮や台湾に対する思い入れは、列強の植民地統治とは全く違っていることに気がつくであろう。イギリスがインドを占領したがインド人のために教育を与えることはなかった。インド人をイギリスの士官学校に入れることもなかった。もちろんイギリスの王室からインドに嫁がせることなど考えられない。これはオランダ、フランス、アメリカなどの国々でも同じことである。一方日本は第2 次大戦前から5族協和を唱え、大和、朝鮮、漢、満州、蒙古の各民族が入り交じって仲良く暮らすことを夢に描いていた。人種差別が当然と考えられていた当時にあって画期的なことである。第1 次大戦後のパリ講和会議において、日本が人種差別撤廃を条約に書き込むことを主張した際、イギリスやアメリカから一笑に付されたのである。現在の世界を見れば当時日本が主張していたとおりの世界になっている。

 時間は遡るが、清国は1900 年の義和団事件の事後処理を迫られ1901 年に我が国を含む11 カ国との間で義和団最終議定書を締結した。その結果として我が国は清国に駐兵権を獲得し当初2 600 名の兵を置いた「廬溝橋事件の研究(秦郁彦、東京大学出版会) 」。また1915 年には袁世凱政府との4 ヶ月にわたる交渉の末、中国の言い分も入れて、いわゆる対華21 箇条の要求について合意した。これを日本の中国侵略の始まりとか言う人がいるが、この要求が、列強の植民地支配が一般的な当時の国際常識に照らして、それほどおかしなものとは思わない。中国も一度は完全に承諾し批准した。しかし4 年後の1919 年、パリ講和会議に列席を許された中国が、アメリカの後押しで対華21箇条の要求に対する不満を述べることになる。それでもイギリスやフランスなどは日本の言い分を支持してくれたのである「日本史から見た日本人・昭和編( 渡部昇一、祥社)」。また我が国は蒋介石国民党との間でも合意を得ずして軍を進めたことはない。常に中国側の承認の下に軍を進めている。1901 年から置かれることになった北京の日本軍は、36 年後の廬溝橋事件の時でさえ5600 名にしかなっていない「廬溝橋事件の研究(秦郁彦、東京大学出版会) 」。このとき北京周辺には数十万の国民党軍が展開しており、形の上でも侵略にはほど遠い。幣原喜重郎外務大臣に象徴される対中融和外交こそが我が国の基本方針であり、それは今も昔も変わらない。

 さて日本が中国大陸や朝鮮半島を侵略したために、遂に日米戦争に突入し3 百万人もの犠牲者を出して敗戦を迎えることになった、日本は取り返しの付かない過ちを犯したという人がいる。しかしこれも今では、日本を戦争に引きずり込むために、アメリカによって慎重に仕掛けられた罠であったことが判明している。実はアメリカもコミンテルンに動かされていた。ヴェノナファイルというアメリカの公式文書がある。米国国家安全保障局( N S A )のホームページに載っている。膨大な文書であるが、月刊正論平成18 年5 月号に青山学院大学の福井助教授(当時)が内容をかいつまんで紹介してくれている。ヴェノナファイルとは、コミンテルンとアメリカにいたエージェントとの交信記録をまとめたものである。アメリカは1940 年から1948 年までの8年間これをモニターしていた。当時ソ連は1 回限りの暗号書を使用していたためアメリカはこれを解読できなかった。そこでアメリカは、日米戦争の最中である1943 年から解読作業を開始した。そしてなんと37 年もかかって、レーガン政権が出来る直前の1980 年に至って解読作業を終えたというから驚きである。しかし当時は冷戦の真っ只中であったためにアメリカはこれを機密文書とした。その後冷戦が終了し1995 年に機密が解除され一般に公開されることになった。これによれば1933 年に生まれたアメリカのフランクリン・ルーズベルト政権の中には3 百人のコミンテルンのスパイがいたという。その中で昇りつめたのは財務省ナンバー2 の財務次官ハリー・ホワイトであった。ハリー・ホワイトは日本に対する最後通牒ハル・ノートを書いた張本人であると言われている。彼はルーズベルト大統領の親友であるモーゲンソー財務長官を通じてルーズベルト大統領を動かし、我が国を日米戦争に追い込んでいく。当時ルーズベルトは共産主義の恐ろしさを認識していなかった。彼はハリー・ホワイトらを通じてコミンテルンの工作を受け、戦闘機100 機からなるフライイングタイガースを派遣するなど、日本と戦う蒋介石を、陰で強力に支援していた。真珠湾攻撃に先立つ1 ヶ月半も前から中国大陸においてアメリカは日本に対し、隠密に航空攻撃を開始していたのである。

 ルーズベルトは戦争をしないという公約で大統領になったため、日米戦争を開始するにはどうしても見かけ上日本に第1 撃を引かせる必要があった。日本はルーズベルトの仕掛けた罠にはまり真珠湾攻撃を決行することになる。さて日米戦争は避けることが出来たのだろうか。日本がアメリカの要求するハル・ノートを受け入れれば一時的にせよ日米戦争を避けることは出来たかもしれない。しかし一時的に戦争を避けることが出来たとしても、当時の弱肉強食の国際情勢を考えれば、アメリカから第2, 第3 の要求が出てきたであろうことは容易に想像がつく。結果として現在に生きる私たちは白人国家の植民地である日本で生活していた可能性が大である。文明の利器である自動車や洗濯機やパソコンなどは放っておけばいつかは誰かが造る。しかし人類の歴史の中で支配、被支配の関係は戦争によってのみ解決されてきた。強者が自ら譲歩することなどあり得ない。戦わない者は支配されることに甘んじなければならない。

 さて大東亜戦争の後、多くのアジア、アフリカ諸国が白人国家の支配から解放されることになった。人種平等の世界が到来し国家間の問題も話し合いによって解決されるようになった。それは日露戦争、そして大東亜戦争を戦った日本の力によるものである。もし日本があの時大東亜戦争を戦わなければ、現在のような人種平等の世界が来るのがあと百年、2 百年遅れていたかもしれない。そういう意味で私たちは日本の国のために戦った先人、そして国のために尊い命を捧げた英霊に対し感謝しなければならない。そのお陰で今日私たちは平和で豊かな生活を営むことが出来るのだ。

 一方で大東亜戦争を「あの愚劣な戦争」などという人がいる。戦争などしなくても今日の平和で豊かな社会が実現できたと思っているのであろう。当時の我が国の指導者はみんな馬鹿だったと言わんばかりである。やらなくてもいい戦争をやって多くの日本国民の命を奪った。亡くなった人はみんな犬死にだったと言っているようなものである。しかし人類の歴史を振り返ればことはそう簡単ではないことが解る。現在においてさえ一度決定された国際関係を覆すことは極めて困難である。日米安保条約に基づきアメリカは日本の首都圏にも立派な基地を保有している。これを日本が返してくれと言ってもそう簡単には返ってこない。ロシアとの関係でも北方四島は6 0 年以上不法に占拠されたままである。竹島も韓国の実行支配が続いている。

 東京裁判はあの戦争の責任を全て日本に押し付けようとしたものである。そしてそのマインドコントロールは戦後63 年を経てもなお日本人を惑わせている。日本の軍は強くなると必ず暴走し他国を侵略する、だから自衛隊は出来るだけ動きにくいようにしておこうというものである。自衛隊は領域の警備も出来ない、集団的自衛権も行使出来ない、武器の使用も極めて制約が多い、また攻撃的兵器の保有も禁止されている。諸外国の軍と比べれば自衛隊は雁字搦めで身動きできないようになっている。このマインドコントロールから解放されない限り我が国を自らの力で守る体制がいつになっても完成しない。アメリカに守ってもらうしかない。アメリカに守ってもらえば日本のアメリカ化が加速する。日本の経済も、金融も、商慣行も、雇用も、司法もアメリカのシステムに近づいていく。改革のオンパレードで我が国の伝統文化が壊されていく。日本ではいま文化大革命が進行中なのではないか。日本国民は2 0 年前と今とではどちらが心安らかに暮らしているのだろうか。日本は良い国に向かっているのだろうか。私は日米同盟を否定しているわけではない。アジア地域の安定のためには良好な日米関係が必須である。但し日米関係は必要なときに助け合う良好な親子関係のようなものであることが望ましい。子供がいつまでも親に頼りきっているような関係は改善の必要があると思っている。

 自分の国を自分で守る体制を整えることは、我が国に対する侵略を未然に抑止するとともに外交交渉の後ろ盾になる。諸外国では、ごく普通に理解されているこのことが我が国においては国民に理解が行き届かない。今なお大東亜戦争で我が国の侵略がアジア諸国に耐えがたい苦しみを与えたと思っている人が多い。しかし私たちは多くのアジア諸国が大東亜戦争を肯定的に評価していることを認識しておく必要がある。タイで、ビルマで、インドで、シンガポーで、インドネシアで、大東亜戦争を戦った日本の評価は高いのだ。そして日本軍に直接接していた人たちの多くは日本軍に高い評価を与え、日本軍を直接見ていない人たちが日本軍の残虐行為を吹聴している場合が多いことも知っておかなければならない。日本軍の軍紀が他国に比較して如何に厳正であったか多くの外国人の証言もある。我が国が侵略国家だったなどというのは正に濡れ衣である。

 日本というのは古い歴史と優れた伝統を持つ素晴らしい国なのだ。私たちは日本人として我が国の歴史について誇りを持たなければならない。人は特別な思想を注入されない限りは自分の生まれた故郷や自分の生まれた国を自然に愛するものである。日本の場合は歴史的事実を丹念に見ていくだけでこの国が実施してきたことが素晴らしいことであることがわかる。嘘やねつ造は全く必要がない。個別事象に目を向ければ悪行と言われるものもあるだろう。それは現在の先進国の中でも暴行や殺人が起こるのと同じことである。私たちは輝かしい日本の歴史を取り戻さなければならない。歴史を抹殺された国家は衰退の一途を辿るのみである。

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追加:田母神氏のもうひとつの論文はこちら、

田母神俊雄 「航空自衛隊を元気にする10の提言」 2008年11月04日



 

 

 


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トラックバック一覧

  1. 1. 内部崩壊か?

    • [kimera25]
    • 2008年11月04日 01:02
    •   文字が小さい場合はサイドバーで”大”にしてください。 読みやすくなります!   @@@@@@@@@@@@@@@@@@ 負け選挙がいやで ”不景気対策のため”という大人の理由で選挙を逃げた アジアの片隅の 侵略なんてやったこともないという 空軍大将のいる”とある...
  2. 2. 田母神氏招致は話が噛み合わず

    • [Cthulhu in the Water]
    • 2008年11月11日 22:44
    • 第二次世界大戦での日本を擁護する論文を発表して問題とされた、田母神氏の招致が行われたけれど、結局最後まで話が噛み合わないまま終わってしまった。

コメント一覧

    • 1. その筋さん
    • 2008年11月03日 20:57
    • 以前から自衛官に対するこの種の論文への批判は言葉狩り以外何物でもないです。
      唯田母神さんのキャラクターが良すぎた。
      これを快く思っていない(日本人じゃない人たち)に付け込まれた訳です。同盟国諸国で国防関係者にも知られているのですがJAL123便の事故で築地の住民だった元帥と言われる男の悪行まで暴露されたいのでしょうか?
      それともブーメランがさく裂する予定のマルチな議員の事実はあまり報道せずに税金を使った特別料金の選挙広告費が欲しい
      為に扇動、ねつ造までして選挙するのでしたら、井戸掘りポランティアのヒ素中毒の真実を暴露されたらやばい局や一部メディア関係者にゴルフ接待して選挙扇動させる密約がある噂まで聞こえていますが・・。

      どうします?
      ボス?

      私は選挙はしても良いけど無駄に税金を使われる位
      ならやらないを方がマシだと思いますけど!!
       

    • 2. 通りすがり
    • 2008年11月03日 21:46
    • すみません。
      こんな短い文章、【論文】って言うんですか?(私には、【レポート】にしか思えませんでした。)
      この文章の内容で、大騒ぎする与党も野党もどうかしているのでは?

      田母神氏も、300ページぐらいの本当の【論文】を書いた方が良いでしょう。
      片手間仕事で、更迭されて、一番驚いたのは田母神氏では?
    • 3. T
    • 2008年11月04日 00:48
    • 田母神氏は間違ったことを書いてない。まして、プライベートで民間企業の企画で投稿しただけ。
      一方、日教組はどうだ?仕事しているのか?法に従い、国旗掲揚と国歌斉唱をしているのか?

      言論の自由を訴えながら個の言論を弾圧する、今のマスコミには自己矛盾はないのか?

      国家を愛し国思う心が否定され、国民の将来を蔑ろにする行為がのさぼるこの国は、どこか狂っているとしか思えない。
      今回の政府の対応、民主党の鳩山と小沢の反論には、非常に不愉快極まる。

      これでは、政権交代などあっては、それこそ国家存亡の危機といわざるを得ない!
      まさに、次の総選挙は戦争だと思います。
    • 4. たま
    • 2008年11月04日 11:05
    • この程度の論文を読まずに火病るとは。お忙しいのですね。
      それはさておき、個人の思想・意識・考え方について批判等があるのは当然と思うけども、それを握りつぶすのは確かに北と一緒。

      様々な考え方の人たちが集まってコミュニティができている。自民も民主もそうでしょ。であれば、こういう正論を言う人がいて当たり前。
      問題なのは謝罪しるの人たちに対して、毅然とした態度がとれなかったこと。麻生さんも総理になったのでいろいろ言いにくいのかもしれないが、正しい歴史認識を植え付けなければ思うつぼ。
      そうかとか日教組とか在日とか日本が嫌いと言っているアジアの人たちは、偏った思想の人たちだから無理に仲良くなることないよ。他のアジアの国々と仲良くすれば問題なし。
    • 5. 葉隠れ
    • 2008年11月04日 13:51
    •  全文を読みましたが、資料を提示しながら淡々と検証を進めているといった印象を受けました。軍事素人の私の頭にも滑らかに入ってくる文面で、解りやすかったです。
       発表者の立場やその時期など微妙なことは分かりませんが、この内容のどこがいけないのでしょうか。
       例えば、人類の歴史の中で支配・被支配の関係は戦争によってのみ解決されてきたという下りなど・・。
       歴史上の人物で日本人に人気のあるのは、信玄や謙信、信長といった戦国時代の武将といわれています。上記の理屈など百も承知のはずでしょうに・・・。
       ただ一箇所だけドキッとした表現がありました。
      「改革のオンパレードで我国の伝統文化が壊されていく」に続く「日本ではいま文化大革命が進行中なのではないか」です。
       日本人は自分も含め、もっと強く自覚しなくてはと思いました。 
    • 6. りゅうこ
    • 2008年11月04日 20:29
    • 5 初めまして。こういうとこにコメントするのも初めてですが読みました。
      この論文のどこに職を失ってしまうほどの問題点があったのか、わかりません。
      それを指摘するマスメディアもまだ見てません。
      強いて言えば実名と官職名を出して公表した点でしょうか。
      例えば国家公務員法違反とか。
      それならばそうとハッキリ言うてくれないと国民は誰もがなんのこっちゃって思うんじゃないでしょうか。
      批判してる人も処分した人も、どっちも何か変。
    • 7. りゅうこ
    • 2008年11月04日 20:31
    • 5 読ませていただきました。リンクさせて下さい。
    • 8. 水晶玉
    • 2008年11月04日 21:07
    • こんなアジ演説の原稿みたいなのでよく入選したね。この賞自体のレベルが知れるというもの。自衛隊のトップとあろうものがこの程度の文章しか書けぬとは、戦後教育の誤りを如実に示しているようだ。
    • 9. 田母神俊雄氏の「日本は侵略国家であったのか」について
    • 2008年11月07日 00:20
    • >日本は19世紀の後半以降、朝鮮半島や中国大陸に軍を進めることになるが相手国の了承を得ないで一方的に軍を進めたことはない。

      なるほど、リットン調査団の報告書や、のちの花谷正の証言はインチキだったんですね。

      >侵略といわれるような行為が行われるところに人が集まるわけがない。

      コロンブス以降の米大陸のように、よそから来た民族の日本人を中心に集まっていったのとは違うんですね。

      >我が国は満州や朝鮮半島や台湾に学校を多く造り現地人の教育に力を入れた。

      京城帝国大学も台北帝国大学も現地日本人学生が主体で、残りは隷属みたいなものだと学校で習いましたが嘘なんですね。

      >もし日本政府が李王朝を潰すつもりならこのような高貴な方を李垠(イウン)殿下のもとに嫁がせることはなかったであろう。

      藤原氏なんかがやってきたことを政略結婚と言うんですが、それとは別なんですね。

      >タイで、ビルマで、インドで、シンガポーで、インドネシアで、大東亜戦争を戦った日本の評価は高いのだ。

      うーん、(1943年に反日組織「自由タイ」のメンバーを外相に就任させ免れるも)歴とした枢軸国のタイ、
      北朝鮮となんら変わらないミャンマー、1億人もの不可触賎民が存在するインド、一党独裁のシンガポール、
      独裁政権のインドネシアなどの、その後の官の評価は説得力がありますね。
    • 10. とおりすがり
    • 2008年11月07日 21:48
    • なるほど、全文拝読しました。
      どなたかもおっしゃっておりますが、これが「論文」の名で発表され、しかも300万円の賞金を獲得しているわけですよね。
      主義主張や、提示する2次資料などについて、特に言うべくもありませんが、そもそも学生のレポートのようなものに大騒ぎする必要がないんじゃないかな
      アパと田母神さんその他、出来レースだった気がします。
      せめて「侵略」の定義をしっかりしてから(反証する相手の定義もはっきりさせてから)、議論を始めるべきですね
    • 11. ムシュ
    • 2008年11月08日 21:48
    • 5 私は田母神氏の論文全文を読み、感動しました。そして、自衛官の上層をなす方がこのような正しい歴史観をお持ちであることに誇りを持ちました。
      私も、云われるところの「自虐史観」のうさん臭さを常々感じておりました。そしてこのところ、各種の出版物や論調を読み、その点に関していろいろ思考させて頂きました。最近、自分自身としての結論のようなものに至ることが出来たと思っております。
      私は田母神氏のまとめられた近現代史に対する考え方に全面的な支持を致します。だいたい個人の言論の自由が保証されている日本国の中で、自己の正しい認識を披露することに何が問題あるのでしょう。周辺諸国、戦勝諸国の顔色ばかり伺い、正しい主張も出来ない日本の政府とは一体なんなのでしょう。日本国民の長期的な利益と日本国民の根源的な誇りを尊重することのない日本政府に、存在価値があると云えるでしょうか。いや、政府だけではない。日本の既存政党も失望以外の何ものもありません。罪があるとするならば彼らの方で、田母神氏の方には何の罪もありません。
    • 12. 一日本人
    • 2008年11月09日 10:38
    • この論文はひとつの視点が決定的に欠けている。
      それは日本の加害者としての側面だ。まずそれに一言でも言及するべきではないか。それが被害者への思いやりというものだと思う。

      被害者は傷つけられたことを忘れない。加害者は傷つけたことをすぐに忘れていく。広島を見てもそれはすぐにわかる。今日本人が戦争を反省するとき、沖縄戦や原爆の被害を思い、もう戦争はしまいと誓うが、日本人が加害者だったということ思い起こすひとは少ない。それを同時に思い起こさなければいけないのではないだろうか。

      確かに、この田母神氏のレポートに書かれている問題は一面としては正しいかもしれない。しかし、これを書き発表することによって、被害者がどれだけ傷つき反発するかということにも配慮しなければならないはずだ。
    • 13. aroimai
    • 2008年11月11日 09:44
    • 所詮サラリーマン、これが今回の騒ぎの限界と考えます。正しいと思うところを、実現するには命を賭ける位の気概が必要なはずです。
       正しいことを言って何が悪い、そこまでは良しとしましょう。唯何故、定年まじかになってしかも徒党を組んで論文なるものを書くのでしょうか
       まったく、いさぎ良くない。
       老後も安泰になった、若いものに良いところを見せたい。この程度の覚悟しか感じられない。
       残念至極である。
    • 14. Z
    • 2008年11月11日 13:43
    • ↑偽善者が何か言ってますが…。

      戦後半世紀以上たってなお思い起こさねばならない日本の
      加害責任って、いったい何でしょう?
      日本は原爆を落としたわけでもなければ、民族浄化したわけでもない。

      13の人はさぞかし、すさまじい愛国者であられるのでしょうね。
      世間の批判も首もへっちゃらで、家族のことも気にしない。
      ひたすら我武者羅にお国のために人生全てを捧げてきたお方
      なのでしょう。
      是非ともその武勇伝を伺ってみたいものです。
    • 15. identity
    • 2008年11月11日 14:29
    • 5 日本が狂っているのは、たった一つ「あの民族」が強くかかわっているから。その一言に尽きる。

      すべて「理不尽に思える」事、「理解に苦しむ」こと、「異様に感じる」こと。。。すべてはあの民族が係わっている。

      日本人からしたら、むしろ賛同する事しか書いていない論文は、あの民族からしたら「ぞっとする」内容に違いない。

      今まで自分たちが訴えてきた、嘘とねつ造だらけの言論がすべて暴露されるからだ。
      日本においてありとあらゆる甘い密を吸えなくなるのだろう。
      さらに、日本乗っ取りの作戦にも支障をきたすのだろう。

      日本人は、もっと危機感を持つべきだ!
      世界一素晴らしいこの国を、あの民族に汚染され、乗っ取られることがないように!
    • 16. aaa
    • 2008年11月11日 14:57
    • 8,12,13のような、
      日本人とは決して認めたくない思想を持つ者の
      ねじ曲がった意見が

      日本にとって多大なる「害」となっているのは、言うまでも無い。
    • 17. abc
    • 2008年11月11日 21:46
    • God bless you america とのたまうアメリカ人は正しいのでしょうか?スターリンの政治は正しかったのでしょうか?
    • 18. ABC
    • 2008年11月12日 00:03
    • まったく鬼論です〜〜。学校を作って教育何か言って、オウム真理教と一緒 他国国民に洗脳だ!!!731部隊は何の部隊ですか。医学の為に活人で遣るか〜!!
    • 19. 形を変えた自虐史観
    • 2008年11月12日 10:02
    • 愛国者の一人として言わせてもらいます。
      「日本人は諸外国から騙され続けている頭の悪い民族である」
      と言わんばかりの妄言は許せません。
      コミンテルンやアメリカに騙されて戦争を行ったのではありません。
      我々は欧米の帝国主義から全アジアを解放する為に戦ったのです。
      田母神論文は日本と日本人を貶めるものであります。
      それを擁護するのは真の愛国者ではありません。
    • 20. yomibitosigazu
    • 2008年11月12日 12:33
    • 5 真実を簡単に見極める方法。
      本当の事を言うと問題にされ、叩かれる。
    • 21. japan
    • 2008年11月12日 14:18
    • 田母神氏に懲罰を科してはなりません。退職金を返納させるなどもってのほかです。自衛官の人たちの士気の低下に直結し、
      国際貢献等の任務に影響を及ぼします。
    • 22. ツルミ テルオ
    • 2008年11月12日 14:52
    • 1 豊臣秀吉が朝鮮に出兵して失敗した、この事件を何と説明する
    • 23. 天晴
    • 2008年11月12日 22:41
    • 元寇にて元の尖兵として、日本に攻め込んだ朝鮮人が出兵を失敗した、この事件を何と説明する。
    • 24. kupar
    • 2008年11月15日 18:51
    • 田母神俊雄とアパの社長とはかなり親交があったらしい。雑誌のアップルタウン。。読んだことがある人を探すのが困難な程度の雑誌だろう。騒ぎにならなければだれも知らないような雑誌に投稿すること自体が、セコイことだという認識はこの人にはないようだ。投稿し、自説を述べるならふさわしい場はたくさんある。ふさわしい場が相手にしてくれないから、セコイ場に向かったのか。さらにこんな雑誌に応募することが自衛隊員の教育になると、本気で思っていたのか。それ以前からアパの社長とは行き来して、尻尾も振ってたみたいだし、社長はバリバリの右翼だし、まずいことだらけだ。自民党政府はくさいものに大急ぎで蓋をして、次行ってみよう。ドリフじゃあるまいし。
    • 25. kupar
    • 2008年11月15日 21:11
    •  田母神「論文」は短いが読み通すのが困難な「論文」である。日本のおかげで「(今では)人種平等の世界が到来し国家間の問題も話し合いによって解決されるようになった」などとありもしないことを大真面目に言われると、はっきり言ってめげてしまう。対華21か条要求に関して、その内容のひどさを中国がパリ講和会議で訴えたところ、「イギリスやフランスなどは日本の言い分を支持してくれたのである」などと来るとさらにめげる。英仏が中国を相手にしなかったのは、両国ともアジアに権益をいっぱい持つ身、同じ穴のムジナだったからである。普通に勉強している高校生なら理解できることで、当時の日本にとって何の釈明にもならない。「論文」は最初から最後までこの調子である。めげまくりましたよ。
    • 26. 管理人
    • 2008年11月16日 10:19
    •  kuparさん。
       私は、全然、めげませんが・・・・
       田母神論文の、引用先の論文に関して、さらなる検証の必要性はみとめますが、それはめげる話ではない。
       ひとつ、ひとつ検証作業が必要というだけです。
       この検証作業を、否定する内容でないと理解します。
    • 27. >kuper
    • 2008年11月16日 15:17
    • 無知は罪だねえ…というか戦後偏向教育、偏向報道の洗脳が解けない気の毒な方というべきかな

      http://jp.youtube.com/watch?v=UdpaTT5EYI0
      http://jp.youtube.com/watch?v=k3wmril0nIQ
      http://jp.youtube.com/watch?v=Kiz7N4z7c3M
      http://jp.youtube.com/watch?v=CunDINRHP_8
      http://jp.youtube.com/watch?v=cTRfPNEPR-A
    • 28. どうみても新自虐史観だ
    • 2008年11月17日 20:40
    • 田母神氏の論文には、
      『一方で大東亜戦争を「あの愚劣な戦争」などという人がいる。戦争などしなくても今日の平和で豊かな社会が実現できたと思っているのであろう。…』
      とあります。この文章、どう解釈すればよいのでしょう。私には「大東亜戦争をして負け、米国の占領政策を受け入れなければ日本は今日のような平和で豊かな社会は実現できなかった」と言っているように読めます。
      論文は『当時の我が国の指導者はみんな馬鹿だったと言わんばかりである』と続きますが、私には田母神氏自身がそう言っているように思えてなりません。

      また、これは多くの方が指摘しているようですが、論文の『さて日本が中国大陸や朝鮮半島を侵略したために、遂に日米戦争に突入し3 百万人もの犠牲者を出して敗戦を迎えることになった、日本は取り返しの付かない過ちを犯したという人がいる。しかしこれも今では、日本を戦争に引きずり込むために、アメリカによって慎重に仕
      掛けられた罠であったことが判明している』とある部分も、『当時の政府は(外交の世界では世の常である)謀略にまんまとひっかかって大損害を蒙った大バカ者である』と言っているしか見えないのですが。

      田母神論文が典型的ないわゆる自虐史観を否定している部分だけを見て、安易に田母神氏を擁護している方があまりにも多いように思います。
    • 29. kurio
    • 2008年11月22日 09:56
    • 日本の病巣を鋭く突いている論文です。
      広く議論されてほしい内容です。
    • 30. しろう
    • 2008年11月29日 02:36
    • 5 細かいところに私個人とは少し意見が違うところもあるが、大筋は至極当然と思われる当たり前のことが書いてあるだけ。
      もっとも人によって意見が違うのも当たり前のこと。
      言論の自由だの民主主義だのがまともに機能していない日本だからこそ、いちいち問題になる。
      そして挙句の果てに正しく報道されない事実にさえ気付かない人が多すぎる。
      この個人的な論文の何処がクーデターなどと言われるのか、まったく理解できない。
      問題になること自体が問題だと、多くの日本国民が気付ける日本国となるためにまず、メディアの日本人の方々頑張って頂きたい、と切に願うしだいである。


    • 31. 野菜
    • 2008年11月29日 15:51
    • 民進黨是國民黨的傀儡政黨? 
        『 一夕之間 投誠 陳水扁政府。』
      民進党は国民党の傀儡政党?
        『 一夕の間(わずかな間)陳水扁の政府に誠を投じます。』

       http://oca.com.tw/sidepage/magazine/98/98th_19.html
       
        華僑協會總會

         僑協雑誌

         韓國華僑的勝利-僑 誼

         李在方,祖籍山東。如同前財政部長 林全一樣,
         屬於少數 外省人 加入 民進黨執政行列,
         但讓 不少國民黨人士 不諒解的是,
         李在方 曾任 中華日報副社長、
         國民黨新聞黨部 秘書長 及 航運黨部 書記長等職,
         應屬國民黨的「忠貞黨棍」,
         但 一夕之間 投誠 陳水扁政府。
         據不少韓人透露,陳水扁 能獲得 南韓私立慶南大學、
         龍仁大學及
         俄羅斯 經濟大學的 榮譽博士,
         李在方 居間功勞顯著。
         陳水扁為報答李在方恩惠,
         遂提拔 李在方 出任 總統府國策顧問 及 駐韓代表。
    • 32. 野菜
    • 2008年11月29日 15:52
    • 民進党は国民党の傀儡政党?(続き)
       (日本語訳)

        李在方、原籍は山東。元財政部長の林全一のように、
        少数の外省人に属して民進党に参加して政治を行う人の
        列(つら)なりに並ぶ、
        しかし 少なくない国民党人士から是を良しと解されていない、
        李在方は中華日報の副社長、
        国民党の新聞党部の事務総長および水上運輸の党部の
        書記長などの職で、要(かなめ)を任じられ、
        国民党の「真心を尽くして正道を守る気持ちのある党の杖」
        に当然属するべきで、
        但し一夕の間(わずかな間)陳水扁の政府に誠を投じます。
        韓国人に少なからず拠りてロシアに通じ、
        陳水扁はよく韓国の私立慶南大学、龍仁大学及び、
        ロシアの経済大学の栄誉博士を獲得して、
        李在方はそれらの間に立って尽力した功労は著しいのです。
        陳水扁は李在方の恩恵に応えるため、
        遂に李在方を抜擢して総統府の国策顧問及び駐韓代表に
        担当させました。
    • 33. ななしのごんべい
    • 2008年12月01日 23:48
    • 1 優秀賞の論文も見てみたいと言うのが正直なところ。
      文系の論文ってこんなもの?
      まず感情を書くのは論文としてはおかしいよなぁ。
      論理的に、反対意見の文献も引っ張ってきてかつそれに対する
      反論を記述しないと。
      自分の意見を言いたいとしてもこれでは説得力が欠けると思う。
    • 34. もう一度
    • 2008年12月02日 02:05
    • これは論文って言うのか?
      文系の論文ってこんなもの?
      感情を論文に記述するのは論外だと感じるのだが。
      反対の立場の意見も文章にいれつつ、論理立てて反論していくのが論文だろう。
      とりあえず、懸賞論文の優秀賞の中身も見てみたい。
      (この論文と同じレベルなのか?)
    • 35. もう1つ
    • 2008年12月02日 02:11
    • 懸賞論文に公的な立場の人が応募していいのか?問題ないのか?(文系論文の常識?)
      普通、学会誌などで査読を行いそのうえで掲載するのが本筋ではないか。(これはあくまで理系の考え)
      左、右ともに、この問題に対し論理的に迫るかと言う姿勢がかけていると思う。
    • 36.  
    • 2008年12月05日 00:32
    • 別に文系云々は全然関係ないだろ、これは
      まぁでも、史学の研究者としてぶっちゃけてしまえば、史学の論文は、確かに論理は必要なのだが、数学や化学などの、「100%客観的」な事実などに基づいて書かれているわけではない。
      論理にあからさまな矛盾があるのは論文として成り立たないが、必ずしも一つの答えが出るものでないのが史学の論文なんだな。はっきり言えば、史料の解釈によるんだから
      もちろん、史料の解釈の根拠ってのもある程度積み重ねないと、相手にされないけどね。田母神のやつは、史料の解釈に、ほとんど根拠がないってだけ。ヴェノナファイルってのが存在するってだけで、狂喜したんだろうなと。
    • 37. ある歴史観
    • 2008年12月08日 19:33
    •  どうしても片隅において置けない歴史的人物がいる。スターリンだ。政敵や抵抗する人間をいとも簡単に容赦なく抹殺した人類最大の冷酷無比の殺戮者であった。そのような人物がコミンテルンの親玉として長く君臨し、国際的活動を広げる中、毛沢東はもとよりルーズベルトに対してさえ一定の指導力・牽引力があったはずである。蒋介石はこれらコミンテルン兄弟につながるヤルタ兄弟である。金日成も仲間のひとりとして育ちつつあった。これらの国としては君主国家であった日本の大陸における成功に対する妬みや昔の日露・日清戦争敗戦に対するうらみも民族の負の記憶・歴史としてあっただろうことは想像に難くないし、さらに悪いことにはユダヤ民族の浄化に邁進したドイツと連合したことが、日本を同類の悪として糾弾する絶好にして最大の口実と機会を与えてしまった。日独伊防共協定は、上記を主要な背景として、当時の国際外交のはずみとして、諸国外相の奔走の結果、このパターンに当然の成り行きとしてできあがってしまったのであり、取り返しのつかないことになった。全体主義対民族・民主主義の決定的対立である。あとのことは謀略合戦であり、偶然の不幸(世界恐慌・関東大震災等)の重なり、並びに原爆開発のための時間稼ぎだ。
    • 38. ある歴史観のつづき
    • 2008年12月09日 15:45
    • もうふたり登場人物がいる。セオドア・ルーズベルトとフランクリン・ルーズベルトである。前者は、その就任演説で、大国における人民による自主統治・民主共和制の難しさを挙げ、父祖の精神的遺産を無駄にせず困難に取り組む意欲を宣言しているように、彼は自由民主主義の旗手であった。柔道茶帯の取得者でもあった彼は当初親日家とよばれ、それがきっかけとなって、日露戦争講和条約仲介の労をとって締結に導き、その褒章としてノーベル平和賞を得ている。しかし、この直後、極東で台頭する日本に対して警戒心をもつようになり、排日移民法制定するなど敵意をみせはじめた。鉄道王ハリマンの世界一周鉄道構想を日本側がドタキャンしてつぶしてしまったことも一因している。そして、このうらみ・つらみが不幸なことに6代あとの同姓の従兄弟(セオドアとは24歳違いで、フランクリン37才の時に死別)の大統領フランクリン・ルーズベルトに引きつがれてしまった。彼はかたや自分の国が引き起こした世界恐慌を収拾するためニューディ−ル政策を行って経済回復に努めたが2期を経ても成功せず大戦参加するにいたってようやく失業率の減少を見た。彼の任期は、大戦前・中あわせて4期14年の長きにわたっている。彼は人種改良論者でアジア人種は他種との交配で改良できるとの信念の持ち主であったが、その考えのなかで日本人はこの例外とされていたらしく、この意味では明らかな日本人差別主義者であった。1937年の盧溝橋事件勃発後すぐに蒋介石率いる国民党軍の援助のための援蒋ルートを築いている。「雪恥」に燃える夫蒋介石の内助の功で大いに働いたのは、妻宋美齢であり、米留学経験を生かして大統領周辺に事細かに事情説明し、援助と参戦を勝ち得ている。
      あとのことは、すべてが終わってからの終戦処理だけとなった。


    • 39. 愛郷人
    • 2008年12月10日 04:03
    • 論文に大いに賛同する一人であります。
      戦争そのものは否定するべきと考えるが 侵略云々となれば過去の世界に在った戦争そのものが侵略を要していると考えますし 日中戦争においてのみ日本が侵略国家と批判する中国 
      韓国の 攻撃的追求は対敵国家を必要とする上からの言動であり共産国家故の彼らの必要性から生まれるものと考えられます。 中国 韓国に対しての日本政府の弱腰外交からの結果であり 現に現在の日本へのアメリカは沖縄を統治していたし(侵略と同じ) ソ連は北方を占領したままであり 数こそ少ないが北方の島々に生活していた日本人とっては それこそが今なお侵略されているのであって 政府の強い姿勢を求めざるを得ないと考えております。又自衛隊が自衛隊と言う呼称で呼ばれていること事態に 不自然さを感じます。国防を司る軍であるべき力を要したものに成らなければ成らないと考えます。日本人にとって国境の意識が無い民族ゆえに 何か間違った方向へ教育があるように感じ もっともっと国を守れる組織を期待したいものであります。自分は戦後すぐの生まれですので戦争そのものはわかりませんが 戦争体験者からの話は多く聞いて参りました。 一番悔しく感じるのは 中国からの侵略云々と靖国参拝問題 もうひとつに無差別殺戮の原爆問題。これらの本当の姿をもっと認識すべきではないでしょうか。 
    • 40. 大東亜戦争とスターリンの謀略−戦争と共産主義
    • 2008年12月12日 12:04
    • 「支那事変(盧溝橋事件が発端ー注)を長期化させ、日支和平の芽をつぶし、日本をして対ソ戦略から、対米英仏蘭の南進戦略に転換させて、遂に大東亜戦争を引き起こさせた張本人は、ソ連のスターリンが指導するコミンテルンであり、日本国内で巧妙にこれを誘導したのが、共産主義者、尾崎秀実であった、ということが、実に赤裸々に描写されているではないか。
       近衛文麿、東条英機の両首相をはじめ、この私まで含めて、支那事変から大東亜戦争を指導した我々は、言うなれば、スターリンと尾崎に踊らされた操り人形だったということになる。 
       私は東京裁判でA級戦犯として戦争責任を追及されたが、今、思うに、東京裁判の被告席に座るべき真の戦争犯罪人は、スターリンでなければならない。然るに、このスターリンの部下が、東京裁判の検事となり、判事をつとめたのだから、まことに茶番というほかはない。」
       「私」は、岸信介氏である。
       表題は、三田村武夫氏の著作のタイトルである。
       リンク:http://oncon.seesaa.net/article/4412858.html
    • 41. 戦後日本の恐るべき真実・日本亡国の大陰謀 
    • 2008年12月12日 13:58
    •  信じるかどうかは、われわれ読者の判断如何にかかっている。
      「戦後日本の恐るべき真実・日本亡国の大陰謀」
      http://www5f.biglobe.ne.jp/~shishoukaku/05shushinkai/003recommend/120101sueyasu.html 

    • 42. 勢子。賑やかし。歩く大衆週刊誌。カツヤマサヒコ。
    • 2008年12月12日 18:28
    • 大概、どの民族も他民族と衝突した過去があると言えるのでしょう。
      神風に救われたとも言われる元寇の時代にあった日本の国土での被害と、
      豊臣秀吉の時代に朝鮮全土にあった被害を同列にしてしまう人がいます。

      大事なポイントは、加害者側も被害者側も体験者が現存しているかどうかです。
      つまり、過去や歴史ではなく現在、今の問題だからです。
      これ、国と国の問題に限りません。水俣病、被爆者問題等国内においても同様です。

      嫌がる人の家(国)に上がっておいて、喜んで上がってくれと言っていたとか、建物を立派にいてやったから嬉しく思えよとか、本当に好き放題言う者もいます。
      振り返ってみれば、私達の日常風景にもこういった軽蔑すべきヤカラは存在します。
      きちんとした議論も経ず、また国民的コンセンサスもないまま自虐史観だと大声を出してみたりする。
      単に、勉強不足ですましていいモノかどうか。

      このようなサイトに目立つし一番気になることは。
      同じ目に遭えば自分ならどう思うか、という視点が完全に欠落している。
      また、同じ目に遭ったら自分は(日本の戦後は)どうなったかを考えもしない。
      つまり、相手の立場になる気などないくせに、話し合いができると考える人が多過ぎるのです。
      思考停止状態。
      これ、いつか来た道。デジャヴです。


    • 43. ある感想
    • 2008年12月13日 18:11
    •  田母神氏の指摘する歴史認識は、中国や韓国がしつこくいってきている
      、また日本の大マスコミも踏襲しているそれとは180度ちがうもの、つまりそれらをくつがえすものであり、非常にセンセーショナルなものです。
       と同時に、東京裁判の正当性までも疑わせる内容で、丁寧な吟味も必要だと思います。情報源が国際化し、過去の国家の機密情報が容易に入手できる今日、歴史の見方がこれまでの教科書的な枠を超えていくことは、止めようがないと考えます。氏の功績は、変に歴史観が定着することを防いで、新たな論争を歴史観論争に呼び込んで、あたりまえの防衛をできるように努力していることです。

    • 44. 田母神氏にもっと語っていただきたい
    • 2008年12月14日 14:24
    • 日本人の理性を意識するときに、バランス感覚をもった人達の意見でほっとする。
      元レバノン国特命全権大使の天木 直人氏いわく、
      (http://officematsunaga.livedoor.biz/archives/50734794.html)


       喋れば喋るほど、皆がだんだん辟易してくる。弁護できなくなるのだ。

       それは当然である。歴史認識とは都合のいい記録や所見を伝聞的に繋ぎあわせてできるものではない。
       誰も知らないような瑣末な発言や記録を殊更強調してみたところで、皆を説得できる史実にはならない。

      それは彼らが決める事ではない。いくら議論しても勝ち目はない。

      田母神氏は反面教師としての役割もあるのです。
    • 45. オット
    • 2008年12月15日 16:07
    • 天木 直人氏は、同じ文章内でこうも述べておられる。もっとも、部分的引用に過ぎないので、全体の趣旨、要点は違うかもしれないが。

       「あの談話は外務官僚の作文でできた。それを政治の駆け引きでなんとか村山談話に纏め上げたに過ぎないものだった。」

       「敢えて政府統一見解という事なく社会党党首の名前をつけて、それ以降の自民党首相が踏襲していることこそ、自民党の責任転嫁だ。自民党もまた村山談話を貶めているのだ。」

       「そしてそこまで貶められても、村山元首相本人も、護憲政党も、怒る事はない。」

       「つまり自民党も、民主党も、護憲政党も、要するにこの国の政治そのものが、歴史認識から逃げているのだ。」

       「だから田母神論文事件が起きるのだ。」
      (http://www.amakiblog.com/archives/2008/11/29/)

       The greatest enemy of truth is very often not the lie - deliberate, contrived and dishonest - but the myth - persistent, persuasive and unrealistic. --JFK, June 11, 1962
    • 46. 田母神氏にもっと語っていただきたい
    • 2008年12月15日 17:06
    • 天木 直人氏のブログ
      http://www.amakiblog.com/archives/2008/11/
      の2008年11月29日付けの記事にもありますね。

      田母神氏同様の御方々(議員)の圧力が過去からあることは今さら言うまでもなく、周知のことです。
      認めたものを認めたくないと言う、日本国の発信として捉えられ、これが繰り返される所以です。
      つまり、ごめんなさいと言ったそのそばで、これを否定するをこれからも繰り返すことになります。
      どうしても敗戦の原因を内(国内の人物達)よりも、外に向け強調したいのです。

      気持ちで歴史は変えられません。
      だから、田母神氏にもっと語っていただきたい、となるのです。
      前に進む為にも。
    • 47. パールハーバーと日米交渉
    • 2008年12月17日 01:15
    •  どうも、歴史認識の問題の追求の壁になっているのは、資料が英文が多いわけで語学の問題があります。次に、特に併合があった半島の人たちの気持ちをどのように考えるのかという問題があります。また、東京軍事裁判の判決の受諾のそれがあります。順番が逆かもしれませんが。
       
       いづれにしても、特におおきな歴史的事件ほど、できるだけ大局からのパースぺクティブを描くことが出発点となる、と思い、支那事変から太平洋戦争にいたる間で検討したいと思います。
        
      1) これは、米国の大学の研究者の論文の抜粋ですが、要するに Harry Dexter White(米財務省高官で国務省との連絡役andソ連スパイ)は、日米和平交渉の最終段階で和平のために出てきた暫定協定案を、あくまで日米開戦がソ連に利益になる(一つは、兵力をシベリアから東ヨーロッパ戦線に振り向けられる、二つ目は、ドイツとも開戦することで同国を挟み撃ちにできる)との立場から反対するように、ルーズベルトに進言し、より厳しい内容の最終通牒となるハルノートを提案して、実行させた。
      (COMMUNISM at PEARL HARBORーHOW THE COMMUNISTS HELPED TO BRING ON PEARL HARBOR AND OPEN UP ASIA TO COMMUNIZATION by Anthony Kubek, University of Dallas)

      2) 米ソともに同じように国土が広く人口の多い国であって、大恐慌後にとれる政策が共産主義的にならざるを得なくなって、双方が歩み寄る蜜月時代といえる時期があった。軍事的にも枢軸国に対抗して共同戦線を築く形になった。


      3) 日本国内では、近衛文麿首相の顧問に尾崎秀美がつき、ゾルゲがドイツ大使館付きとして両者に接触し、機密情報を得て、ソ連に流していた。尾崎とゾルゲは、共にソ連のスパイであった。
    • 48. beikouno
    • 2008年12月18日 09:30
    • 中韓の考えは、結局のところ、日本の現在の対米従属姿勢に根がありそうだ。歴史認識問題をつきとめたところで、いきつくところは、当時の米政権の反日姿勢問題となる。同国との良好な関係を求める戦後外交からすれば、これを明らかにして攻撃を強めることは明らかにやぶへびであり、マイナスだ。それを見越して、いってきているとしたら、かなりしたたかな外交スタンスといえる。
       しかし、その米国自身に変化が起こっている。というのは、今日では過去の政権の行ったことすべてが明らかとなっていて、国民全体が9・11テロの仕掛けとの類似性に気が付きはじめて、次の大統領選を機会に、オバマ政権を選んで、変化を望んでいることを示し始めているからだ。これは、日本にとって、すべてを打開するいいチャンスかも知れない。すくなくともそうなること切に願う。

    • 49. N .FURUKAWA
    • 2008年12月19日 00:46
    • ☆この論文をもとに「日本の攻防と繁栄」を執筆して欲しい

      日本の近代・現代史正しくみる上で、見直しが必要でありす。
      大きく四から構成いただきたい。
      1.1868年〜1932年
         日清・日露戦ーー列強からの防衛の時代。
        

      2.1933年〜1945年
         オレンジプラン等が実行に移される環境下で、それを読   みきれずに、外交・政策・戦略・戦術等に失敗が多くみ   られた時代(TVや図書でより明らかにーーー)


      3.1945年〜現在
         アメリカかみた戦後教育が非常に上手く行き「日本は明   治以すべてべて悪かったと言う国民が出来上がった」時   代。
         ゼロ戦や戦艦大和を作り出した国力と交際情勢にも恵ま   れ経済大国に時代。


      4.現在から今後
         日本はどんな国家になって行けばよいのか?
         「国家論」・「地政学」等の講座が大学等に設けられる   必要がある。ーーーー
         


    • 50. Theodore Roosevelt
    • 2008年12月19日 12:44
    • If possible, the Japanese should be shown, what is the truth, that our keeping them out means not that they are inferior to us - in some ways they are superior - but that they are different; so different that, whatever the future may hold, at present the two races ought not to come together in masses.

       戦前のアメリカの日本嫌いの元祖といえるテオドア・ルーズベルトの論文「日本の脅威」を原文で読みたい方は、下記リンクを。
      http://www.mtholyoke.edu/acad/intrel/trjapan.htm
    • 51. 桂・ハリマン交渉
    • 2008年12月22日 16:11
    • ”MANCHURIA AND HER RAILWAYS”

          E. H.Harriman's
           Far Eastern Plans

               By GEORGE KENNAN
       この記事は、ポーツマス条約締結後、アメリカの鉄道成金ハリマンが日本が勝ち取った満州鉄道利権に与かろうとする交渉の顛末を記録したもので、交渉決裂の原因が、
       1) 同鉄道の経営権のロシアから日本への譲渡が中華民国の同意が   条件付けられており、しかも同国にのみ経営参加を限るとする条約第6  条の規定にあった、
       2) 条約公文の内容を知らない桂伯爵がハリマンと話を進めていたとこ   ろへ、同文書を携えて帰朝した小村外相が上記1)と日本国民感情を   盾にキャンセルした 
       ことにあったとしている。 
       これは、キャンセルが小村外相の一人勝手な感情的判断ではなかったことを証していて、興味深い。

       ハリマン側もやむを得ないとして素直に諦めたかといえばさにあらず、各方面へ最後の最後(彼の突然の死去)まで打開交渉を行っている、それもアメリカの国益をかけてといっても過言でないほどに。

       この一文が過去への疑問のいくつかに対する氷解につながることは、間違いないでしょう。興味・関心がある向きは、書名をググってください。

       
    • 52. 文民統制も危険だ
    • 2008年12月23日 23:53
    •  今次世界恐慌ははるか前から予定されていたのではないか、そんな気がしてくる「9-11事件とチェイニー副大統領の関与 マイケル・ケイン」の読後感想である。その内容たるや、後世、普通の人の感覚ではあまりにもありえないことで、また巧妙過ぎる故に、陰謀史観として片付けられかねない恐れが濃厚だ・・・人の世の常として。逆にブッシュの成功談として残るならば、イラクの若い記者と同様に、靴を投げつけたくなるくらいだ。

       話は、チェイニー副大統領の過去の経歴の中からの二つのネタから始まる。石油関連大企業ハリーバートンのCEOであったこと、と石油のピークアウトが近いとの確信が同氏にあったことである。ブッシュ氏の場合もこれに似たようなものである。とにかく石油屋の二人が心配したのが、石油ピークアウト対策であった。これからあとの展開については、前記文書を読んでいただきたい。

       また、住宅バブルの発生と崩壊についても、雑把なところ、ヒスパニッシュ移民の増大と景気の上昇に伴う石油価格の暴騰のプロットを織り込んで考えれば、容易に想像がつくのではないか。

       これらの二つの事態が同時進行した結果、最終的に世界が恐慌を迎えているわけであり、途中、少々ありがたいことに地球温暖化対策も加わって、現在、世界が恐慌対策のため低炭素化社会に向けて舵取りを替えているところだ、というのが、現在の私の歴史認識に近いといえばいえようか。

       景気対策となると、1930年代当時の経験からして、膨大な規模にならざるを得ない。麻生政権以後の努力に期待したい。
    • 53. 大恐慌についての神話
    • 2008年12月24日 19:25
    •  1)大不況時の最低賃金制度は、単純労働者から雇用を奪うか?
         答えは、yesである。理由は、高くて雇用者側が払えないから。

       2)農業生産物を、飢餓に苦しむ人が多い中で、価格を支えるために大量に廃棄する。

       3)大不況時に経済が回復し始めている状況で、金融引き締め政策を維持し続ける。

       以上は、1930年代のルーズベルト大統領が行った政策の失敗例である。これがために、不況を10年近くの長きにわたって長引かせた、と現代の米国研究者は評価している。きっと、スパイ大作戦で忙しかったせいもあったんでは・・・・・
       教科書では、アメリカの歴代大統領の中で一番高い人気をほこっていたはずだが。
    • 54. 9/11 総括仮説
    • 2008年12月25日 14:50
    •  事件についてのいろんな論評が出揃ったところで、忘れないうちに総括を試みたい・・・ハラのムシをおとなしくするために・・・

       結論!!!:当局からネガティブに管理された(つまり見て見ぬフリされた)テロ  OMG!!

      1)実行犯(ハイジャックの)は、当局から予知されていて、なすがままに放置された。

      2)WTCビルの倒壊には、別の米民間グループが倒壊で利益を得る当事者から請け負う形で介在している。

      3)監視当局は、危機管理演習を口実に責任逃れをしている。

       いずれにせよ、明確な証拠に欠いているし、この揣摩臆測が日米関係の毀損を意図したものではないことをことわっておきたい。

    • 55. 9/11総括仮説の2
    • 2008年12月26日 23:21
    •  9・11総括仮説に付け加えたい点3点あり。
       
      4) 前記1)の実行犯は、すべてサウディアラビィア人であるが、当時同国はイスラム世界で唯一のアメリカの同盟国であり、密接な軍事的提携関係にあった。国内で反政府ゲリラが勢力をもっていたという事実はなかった。

      5)9・11テロが国際テロ組織アルカイダによるもので、イラクがアフガニスタンと並んでその拠点であり、独裁者フセインが関係していると主張して、イラク戦争が開始された。しかし、9・11テロ実行犯はすべて1)のとおりサウディアラビィア出身であることによって後々疑問が残るため、これを補強するため、大量破壊兵器(核爆弾)保持の疑惑のプロットを英国(ブレア首相)情報部とともにデッチアゲラレタ。しかも、なおそのうえに戦争目的にイスラム世界に自由をもたらすという大義名分が加えられた。

      6)アルカイダの首領とされるウサーマ・ビン=ラーディンは虚構であり、真相を知る兄サーレムは、ブっシュと石油会社の共同経営者であったが、飛行機事故死に見せかけて消されている。
    • 56. 仮説の3  ブッシュの愚行
    • 2008年12月28日 13:51
    • 5 5’)上記5)にあげた対イラク開戦の目的「イスラムに自由を」は、「イラク油田の自由化」であり、また貧乏国アフガニスタンを親米国化しカスピ海やカザフスタンにある油田から石油パイプラインをパキスタン経由でインド洋にひっぱてくる自由と同義語である。パキスタンには、核技術協力の鼻薬を効かせてある。あとは、タリバン君を自由に泳がせて掃討作戦をやりやすくするだけである。

      6’)アルカイダとウサーマ・ビン=ラーディンの虚構を誤魔化すために、CIA,FBI,MI6,モサド、サウディ軍、パキスタン情報部等が総動員して偽装工作を行った。勿論、これらの総元締めは、米政権中枢部である。

      7)真珠湾攻撃の犠牲者数2402名、WTSビル倒壊の同人数2976名。双方とも逃げられたのに当局の介入で逃げられなくさせられた。また、何も知らない普通のアメリカ人の愛国心を爆発させるのに必要最小限の数だった。そして、ブッシュは、第二のルーズベルトとして歴史に名を留めるはずであった。

      8)真珠湾攻撃時、米政権中枢を牛耳ったグループは、財務省に巣食う共産主義者とソ連スパイだった。9・11テロのそれは、石油屋、軍需産業、ユダヤ金融資本、ネオコン人脈だ。

      9)国防長官コンドリーザ・ライスのハラの黒さは、ハダの黒さを利用してすべてのイカサマ(make-up)をカムフラージュしたことにあった。

      10)米社会がこれ以上に暗黒の警察国家になってしまうのは困るので、ブッシュが政権をおりたら、政権からブッシュ人脈を完全に追放した上で徹底的な追求を行うべきだ。南部の土地持ちエスタブリッシュメントだからといって、そこまで遠慮することはない。
    • 57. アジア開放戦争
    • 2008年12月31日 12:31
    •  思えば、中国大陸における15〜30年戦争は、大陸を舞台にした西洋列強との戦いの場だったような気がする。ロシア、ドイツ、フランス、イギリス、オランダと広がっていき、最後は親玉のアメリカとガチンコ勝負となった。

       日本も永い歴史の発展を通じて、情勢を観る能力を磨いてきたおかげで明治の開国の前夜、世界の大勢をすばやく見抜き、明治維新を成し遂げることができた。内容は、武士勢力からの天皇への統治権の返還に過ぎなかったが、身分制度を廃したことが、人材を中央に集めることに役立った。

       その後は、西洋の学問や技術、制度の摂取によって、アジアではイチ早く列強に肩を並べるところにきた。日清、日露の戦争で力試しをし、勝利を収め自信をつけたが、しかし、苦しい坂をのぼって見えてきたのは、青空ではなく、果てしなく広がる暗雲であった。

       明治維新の前、安政の大獄の時期、朝廷勢力は武家勢力全体に攘夷を命じていたが、現実主義者の諸雄藩は開国に国を導き、以後ここまで坂の高みにきたのであるが、ようやくアジアを取り巻く現実を大観して、攘夷の大命を果たす必要に気がついたのではなかろうか。

      帝国主義勢力の魔の手が中国の中にまでしのびよっている、ならば、多少のことは犠牲にしても、アジア全体で攘夷を実行して、これを開放する・・・・それが、年号の大正、昭和に篭められた天命ではないか、と。

       日本を君臨する昭和天皇の美点は、なんら西洋流の金銭欲、名誉欲、支配欲に汚されることがなかったところであろう。恬淡と、国民を思い、アジアの人の心に思いをいたされていたことだろう・・
       
    • 58. 日本人
    • 2009年01月02日 23:15
    • 1 最低。学生のレポートと同レベル。この程度の代物が、不勉強な方々に、まともな「論文」とみなされることを危惧。皆さん、自分で勉強しないとね。
    • 59. ネトウヨ
    • 2009年01月03日 20:10
    • 最近になって遅まきながらネトウヨなる文言を知りました。
      57. アジア開放戦争 までの組織的に教えられて定型なのか
      この人達、田母神氏の出現で目立っているのかな?
      しかし、田母神氏とはあきらかに特徴のある文言や共通のテンポに違いがある。
      指導者側の人達がまだ元気なのかな?
      何十年経っても変わらない専門語を交えた定型文でわかりやすい。
      そして、たまには拡声器を使ってでも堂々と主張しましょう。
      相手が迷惑しようがなかろうが自分の意見を主張しましょう!
      お国のためなんでしょ? もっと目立ちましょう!

    • 60. 反省
    • 2009年01月06日 18:19
    • 論文を読んで、ウンウンとうなずく自分に気がついた。ヤッパリそうか、とネットで調べまくれば、あと付ける資料がなくもない。もちろん、いろんな点で欠点・反省・反論・反証・けん制・辛抱遠慮があっても全然おかしくもないが、知らないよりはマシとの・・・匿名性も手伝って・・・考えから、コレ以前のウヨ*コメントをださせていただいた。検閲パスには、感謝したい。
       しかし、いまさらながら、自分のウヨ*性には驚いている。
    • 61. TANAKA上奏文
    • 2009年01月11日 17:38
    • どなたか、「田中上奏文」の全文掲載してもらえないだろうか。
    • 62. 張作霖爆殺事件について
    • 2009年01月15日 22:05
    •  張作霖爆殺事件について、ソ連GRU犯人説があるが、その状況証拠として1926年から在上海ソ連副領事職をカバーとして北京支局を指揮し、1927年からはハルピン支局も指揮したナウム・エイチンゴンの存在がある。1930年代にはアメリカに数回入国し、秘密エージェント網を構築、1940年トロツキー暗殺を指揮した大物中の大物で、この説が本当ならばこの人一人で大東亜戦争・太平洋戦争の下ごしらえをやり遂げた感がある。1941年春、帰国し、レーニン勲章を受章。

       この輝かしい実績を伝統として持つGRUの後継組織FSB and SVRに属する歴史家が、彼の業績の一つとして、また、KGB暗殺史の一こまとして張作霖爆殺(ソ連としては、2度目の試み)を挙げているらしい。
       「Naum Eitingon, Blyumkin’s deputy and Sudoplatov’s future collaborator and organizer of Trotsky’s assassination, planted a bomb that killed Chinese Marshal Chang Tso-lin in 1928 (this was the second Soviet attempt on Marshal’s life)」
      リンク :http://www.cdi.org/russia/johnson/2007-34-32.cfm
       
    • 63. トロツキーの吐露
    • 2009年01月17日 19:04
    •  なぜ日本の当局は、田中上奏文を中国の捏造と宣言したのか。彼らは明らかに、モスクワがこの文書の版行に果たした役割を知らなかった。同文書がソビエトではなくアメリカで出現したため、何らかの方法で中国人の手に落ちた後、急いでアメリカに転送されたとのアイデアが自然に浮かんだのであろう。

      It is hard to understand why Moscow, which is best informed on this matter, persists in maintaining silence about the “Tanaka Memorial.” The original photographic copy was received in Moscow under circumstances precluding any doubts whatever about its authenticity. This remarkable document was sent abroad, i.e., to the United States from Moscow, from the Kremlin. The authenticity of the document is strangely enough suspect even today. Moscow keeps quiet.
      The course of events in the Far East in recent years has corroborated the Tanaka program to such a degree as to preclude any doubts about the authenticity of this document.(1941 Fourth International Leon Trotsky)

       リンク;http://www.marxists.org/archive/trotsky/1940/01/tanaka.htm
    • 64. 上奏文は存在したのか
    • 2009年01月17日 20:29
    •  年代紀から、疑惑を推理。
      1906.4.4 第一次帝国国防方針策定(田中義一陸軍中佐執筆)
      1918~1921 田中義一 原内閣陸軍大臣、陸軍大将
      1921.5.16~26 原内閣第一回東方会議開催
      1922.2.28 第二次帝国国防方針策定
      1923.9.1 帝都壊滅
      1925夏・秋 ”田中上奏文”原案(旧海軍省在)写真コピーネガがモスク          ワへ?
      1926.12.25昭和天皇即位
      1927.6.27 田中閣第二回東方会議開催
      7.7  同会議終了
        ナウム・エイチンゴン ソ連副領事ハルピン支局指揮
      7.25 田中上奏文裁可?
      1928.6.4  張作霖爆殺事件
      1929.6.27 戦争放棄に関する条約批准
           7.2 田中内閣総辞職
          10.24 世界恐慌入り 

    • 65. 上奏文は存在したのか(2)
    • 2009年01月18日 13:56
    •  自身はネトトロどころかネトノンにすぎない(今も昔も)ことは責任をもっていえるが、注目すべきトロツキー論文(日本語)をさらに紹介する。ただ、読後、自虐気分に襲われる可能性があることに注意を喚起しておきたい。しかし、同じ歴史は、繰り返したくないものだとつくづく思う。

      「田中将軍のメモ(1927年)は彼らの完成された綱領であり、その中では民族的野望が、最も目もくらむような誇大妄想にまで高められている。驚くべき文書だ! 公式には否定されているが、そのことはこの文書の説得力をいささかも弱めるものではない。このようなテキストをでっち上げることは不可能である。いずれにせよ、この2年間の日本の外交政策は、この文書の信憑性を反駁の余地なく証明している。」(1933年7月12日『反対派ブレティン』第38/39号『トロツキー研究』第35号より)
       リンク:http://marxists.anu.edu.au/nihon/trotsky/index.htm
    • 66. 上奏文は存在したのか(2)訂正
    • 2009年01月18日 21:05
    •  65に掲記したリンクに誤りがありましたので、お詫びの上、訂正します。

      http://marxists.anu.edu.au/nihon/trotsky/1930-1/jp-hakyoku.htm
    • 67. 張作霖爆殺事件経過推測
    • 2009年01月19日 00:13
    •  1925年上奏文原案スパイ事件と1928年張作霖爆殺事件との関連性
      を追いかけたい。

      前提:トロツキー証言(1925年夏から秋にかけて、在東京スパイから上奏文の写真コピーのネガを入手。ロシア語に翻訳後、利用方法を政治局で検討。英語に翻訳してアメリカの同志に転送の上、出版を依頼した。)

      推測:戦争放棄に関する条約の交渉が1928年に始まっており、その天皇署名が8月27日に迫っていた。これからあとに事を起こすのはマズイので急ぐことになったが、実行は河本大佐の発案と自発的行為ということにして
      計画中、ハルピンで活動中で本国GRUから上奏文関連の指示を受けていたナウム・エイチンゴンが関東軍参謀本部のハルピン支部職員に打診してこの計画を知り、加担することになった。ソ連加担は絶対知られないこと、満州の相互の権益を維持すること条件にして、ソ連が援助する蒋介石南京政府、日ソ三者にとって有害・邪魔な張作霖を確実に暗殺できるのは、この時期の条件下では列車爆破しかなかった。一方の当事者は、線路上に、もう片方は列車内に仕掛けを作った。

    • 68. 年表再掲
    • 2009年01月19日 00:19
    • 1906. 4. 4  第一次帝国国防方針策定(田中義一陸軍中佐執筆)
      1918~ 1921 田中義一 原内閣陸軍大臣、陸軍大将
      1921. 5.16 原内閣第一回東方会議開催
      26 同会議終了
      1922. 2. 6 ワシントン海軍軍縮条約・九カ国条約、石井・ランシン             グ協定破棄 山東還付条約締結
      1922. 2.28 第二次帝国国防方針策定
      1923. 9. 1  帝都壊滅
      1925. 1.20 日ソ基本条約締結
      1925 夏or秋  ”田中上奏文”原案(旧海軍省在)写真コピーネガがモ            スクワへ?
      1926.12.25  昭和天皇即位
      1927 ナウム・エイチンゴン ソ連副領事ハルピン支局指揮
      1927. 4.20  田中内閣成立(総理・外務大臣兼務)
      6.27  田中閣第二回東方会議開催
      7. 7  同会議終了
      7.25 田中上奏文代奏?
      1928. 6. 4  張作霖爆殺事件
      8.27 戦争放棄に関する条約署名
      10. 8 蒋介石 国民党南京政府主席就任
      1929. 6.27  戦争放棄に関する条約批准
      7. 2  田中内閣総辞職
      10.24 世界恐慌入り 
      1931. 9.18 満州事変勃発
        (省略)
      1937. 7. 7  日支事変勃発
    • 69. 現代の裸の王様
    • 2009年01月20日 09:42
    • 5 昭和天皇は、戦争放棄に関する条約署名直後のことであるので、ご自分の国際的責任を痛感されてか、張作霖爆殺事件後の責任者の処罰方針の追求をキチンとやっておこうとの考えでおられたのに対し、あいまい処理によりウヤムヤにしょうとする田中義一首相に

      「お前の最初に言つたことと違うじゃやないか」「田中総理の言うことはちつとも判らぬ。再びきくことは自分は厭だ」と強く叱責されたが、内閣総辞職をもって答えに代えられ、

      しかも首相の死を招くという重大な結末に終わったことに責任を感じられて、以後は政府の方針の上奏に不満があっても一切口を挟まなくなった。(以上、ウィキペディアからのコピペ)

       明治憲法下では、統帥権は天皇の大権と呼ばれ、もともと議会や内閣からの制約がなかったが、天皇が政府方針一切に関与しないということは、裸の王様になってもいい、臣下で勝手にやるがよいという軍部独走に好都合な条件を産むこととなった。

       現代の官僚内閣制においても、内閣は、裸の王様にされ、官僚独走を許してはいないか。やはり、税金を勝手な食い物にしないように縛る法律が必要なのではないか。外郭団体への補助予算の膨張は、決してこれを許してはならない。そうしないと、国家の破滅あるのみだ。
    • 70. さるる
    • 2009年01月20日 20:31
    • 秦郁彦さんいわく・・・「論文は事実誤認だらけだ。通常なら、選外佳作にもならない内容だ。私の著書『盧溝橋事件の研究』も引用元として紹介されているが、引用された部分は私の著書を引くまでもなく明らかなデータだけ。事件の1発目の銃弾は(旧日本軍の)第29軍の兵士が撃ったという見解には触れもせず、『事件は中国共産党の謀略だ』などと書かれると誤解される。非常に不愉快だ」。(朝日新聞2008年11月1日)

      肯定的に引用された人から、こんな手厳しく批判されるのは珍しいよね。それくらいひどい「論文」ってことだな。
    • 71. 官民人材交流センター
    • 2009年01月22日 23:37
    •  官民人材交流センターは、なかなかいい発想だと思う。ただ、退職して再就職するしかないというのは、少し公務員側に厳しい感じがしないでもない。一方で公務員定年が65歳まで延長されそうなのに、途中下車で民間にいったら、リストラありでは困るのでは。ここは、派遣労働ということで、有能なところを大いに発揮できるようにさせてあげれば。いきなり、社長や会長に、といういう人は別にして。
       定年が早いという自衛官の場合は、これ(退職ー再就職)しかないか。もし、自衛官にこのセンターが適用されればの話だが、人数的には一番多いことになるのだろうか・・・相談件数が。
    • 72. 日支全面戦争の仕掛け人
    • 2009年01月26日 15:03
    • >赤いモグラ(張治中・・筆者注)が日支事変の引き金を引く<
      「上海・南京地域を支配する国民党政権の司令官”張治中”は、37年8月スターリンによって活性化された長期agentで、その任務は、日本との戦争を拡大させることだった。」
       「国際都市上海を舞台に日本を全面戦争に追い込むことに成功したことは、これで中国共産党は、日本人と戦う同盟軍として事実上合法化されたばかりか、
      スターリンの関与したクーデタのうち多分最も大きいものであって、張治中は、ほぼ間違いなく空前絶後の最重要のagentだったと考えれる」

      「1937年8月15日、蒋介石の了解もないまま張治中は記者発表により日本の艦船から上海への砲撃が行われ、日本軍による中国人への攻撃が開始されたとする偽情報を出した。
      これにより反日感情が高まり、8月16日には蒋介石が翌日の総攻撃を命令せざるを得なくなった。
      日本軍との交戦を一日行ってから蒋介石は攻撃中止を命じた。
      しかし、張治中はこの命令を無視した上、戦闘を拡大した。」(Wikipedia)

      「日本側の相当規模の増援部隊は8月22日に到着し、全面戦争の始まりを回避できない状態になった。
      結果は、北部戦線には一機も投入しないほど貴重とされていた空軍も中国側が戦闘に投入した40万人の精鋭部隊、軍艦とともにその大部分が失われた。日本側の犠牲も4万ではあったが、中国側のそれははるかに大きいものだった。」

      ソ連外相のマクシム・リトヴィノフは「自分自身もソ連も日本が中国を攻撃したことをこの上なく喜ばしく思っている」
      「ソ連は中国と日本の戦争ができるだけ長く続くことを望んでいる」と語った。(「マオ 誰も知らなかった毛沢東」ユン チャン、ジョン ハリデイ)
    • 73. 感想
    • 2009年01月26日 20:36
    • 3 中国人の自虐趣味のあくどい宣伝合戦・・・日本兵が比類なく残虐であることを身をもって世界に証明する作戦といおうか、これは、はたして彼らの、歴史の経験からくる通常のやりかたなのか、それともなにか別のやりかたがなかったのであろうか。

      国民党、共産党それぞれにアメリカ、ソ連がバックについているし、最後は助けにきてもらえる、との安心感が最後の下支えになっていたのだろうか。

      とにかく、長く国際都市あるいは首都として、上海や南京を支配下においていた政権側が、世界宣伝用に、数万の同胞を宣伝のための質にとり死地においやった行為こそ、責められてしかるべきであるまいか。

      この党利党略の犠牲になった多くの人たちを悲しんで慟哭の「日本人民に訴える」(蒋介石演説)もいいけれども、自分たちの戦略に帰因した面も十分あることを反省する心のある人はいないのか。

      まあ、元をただせば、ロシアから割譲された南満州鉄道が毒マンジュウであることに気がつくのが遅かった日本も悪かったけれどネェ・・・
    • 74. 福建土楼
    • 2009年01月27日 22:33
    • 2008年7月、「福建土楼」としてユネスコの世界遺産に登録された円楼は、最近NHKでも紹介されていたが、定義をウイキペディアから借りると、「福建省の一部山間部の客家人だけに見られるもので、外部からの襲撃を防ぐために作られたもので、一族がまとまって居住している」3〜4階建集合住宅ということになる。要は、円柱型のお城である。建築時期は、1700年前後に遡るらしい。倭寇等が活躍した頃の産物ということになるのであろうか。

      南京事件のときも、国際安全区というものがあって、そこは、地区全体を攻撃しない国際ルールがあって、逃げ込めば一応安全が確保されるというところで、そういう期待を中国の一般人は広く共有していただろうということは、前記の円楼の歴史からみても、十分想像できる。従って、旧日本軍の攻撃が迫ったとき、そこを目指して人々が殺到したことも、同様に十分に理解できる話ではある。

      戦闘の早期に、戦線から逃げた蒋介石の脳裏には、そこへ逃げ込んだ人たちが助かるように、との思いがあったに違いないが、問題は便衣兵やこれと見分けのつかない一般人達の運命をどこまで予測できたかであった。
    • 75. 2.26
    • 2009年01月28日 20:31
    •  アメリカの9.11に相当する日本の重大テロ事件は、1937年7月7日の日支事変に先立ち、前年の1936年2月26日に起きたいわゆる2.26事件(陸軍若手将校たちによる岡田内閣閣僚の暗殺・同未遂事件)であった、といえるかどうか、つまりそんなテロを利用したより大きな政治テロがあったかどうか、ホンノお遊びにすぎないけれども、検証してみたい。

      前提:日本の、中国華北5省の分離し第二の満州帝国を作ろうとする工作が1935年に入ってから具体化される。
      新興財閥(森財閥と久原財閥)や満州鉄道株式会社とつるみ利権を漁っていた高級将校・官僚・政治家達は、この華北進出後中華民国国民党南京政府との間で本格的戦闘がいずれ必至とみて、機を窺っていた。一方、昭和恐慌にあえぐ地方の惨状をみて、中国で早くから各地方にソヴィエト政府が樹立されていたのと同じような共産化
      が日本国内でも起こるとの危惧を抱いていた青年将校達(皇道派)は、天皇を頂点とする昭和維新革命が必要と考え、こちらも閣僚暗殺決起の機会を探っていた。

      推測:日中・日米開戦も辞さずとする高級将校(統制派)・官僚は、国内の実権を握ったうえで、親ソ・反米・反中の南進路線の推進を図るため兵員の大幅な増派遣の用意をする必要を感じていた。
      そんな中、統制派は、血気にはやる皇道派連中に騒ぎを一旦は起こさせ、これを逆に利用して、戒厳令の発動、反乱将校16名の処刑等の厳罰の実施を行って皇道派を壊滅した。
      統制派は、これら混乱収拾の過程で、国内政治体制において統制派軍部指導が優位に立つ体制の確立を図って、成功した。
    • 76. 2.26の2
    • 2009年01月28日 21:12
    • 華北分離工作とは、華北五省(河北省・察哈爾省・綏遠省・山西省・山東省)を国民政府の支配から切り離し、日本軍の支配下・影響下に置くために日本が行った一連の軍事的・政治的工作の総称である。

      支那駐屯軍や関東軍は、それぞれ軍事力を背景に国民政府に対して高圧的な協定(1935年6月10日の梅津・何応欽協定・同年6月27日の土肥原・秦徳純協定)を結ばせ、河北省から国民党勢力と中国軍を、察哈爾省からも国民党勢力と第29軍をそれぞれ撤退させた。(以上、ウイキより)

      上記の梅津は、その後の1936年2月時点で仙台第二師団長梅津美治郎であり、2・26事件勃発に際して陸軍首脳が軒並、皇道派クーデターに共感を示したり様子見に終始したりする中で、師団長中ただ一人鎮圧を明示した人物であり、中央機関では参謀次長の杉山元がこれに同調した。二人は、のち杉山陸相・梅津次官のコンビとして支那事変を迎えることになった。
    • 77. 軍事参議官と上奏文
    • 2009年02月04日 23:17
    • 日露戦争後、日本が一定の権益を獲得した満州では、張作霖暗殺事件を発端に、満州事件、満州国建設、日支事変へと一連の出来事が続いたが、一般論として、これらの事件の背景には軍事マスタープランがあったはずだという興味を持っても全然不思議ではない。いわゆる「田中上奏文」というものがあってこれがそれなのか。ネットでは日本の学者の間では、偽書説が多いし、中国は本物説が常識、アメリカは、さる軍事関係者が個人として本物説を主張しているだけ、という状況。

      筆者は、本物説をとりたい。理由は、次のスレッドに揚げている年表から次のごとく推理をするからである。
       
      1)1922.2.28付けの大正12年帝国国防方針策定のため、1921.8.30付けで田中義一氏、特任軍事参議官に就任し1923.9.2付けで退任し、1924.1.7付けで特任軍事参議官に再任され1925.4.9付けで退任するが、この再任期間は、何の成果品の公表がない。多分、この時に、満州経営策や国防策をまとめて、上奏文の原案ができたと推察する。

      2)1925.4.14付けで田中義一氏軍人から政界へ進出し、政友会総裁に就任。首相をめざす。1926.12.25 昭和天皇即位。1927.4.20 田中内閣成立(総理・外務大臣兼務)

      3)1927.6.27~7.7 田中内閣第二回東方会議開催。1927.7.25付けで田中上奏文代奏上されたと推察する。

       注)特任軍事参議官とは、大日本帝国において、帷握の下に在って重要軍務の諮詢に応じる国家機関ー軍事参議院に特に親補された軍事参議官
    • 78. 年表
    • 2009年02月04日 23:29
    • 1905. 9. 5 日露ポーツマス条約締結
       〃 .12.22 日清満洲善後条約締結
      1906. 4. 4 明治40年帝国国防方針策定(田中義一陸軍中佐執筆)
      1915. 5. 9 対華21ヶ条の要求中華民国承認
      1917. 6.29 大正7年帝国国防方針策定
      1918. 9.29 田中義一 原内閣陸軍大臣、陸軍大将
      〃. 夏  シベリア出兵  
      1921. 5.16 原内閣第一回東方会議開催
      〃. 5.26 同会議終了
      〃. 6. 9 田中義一 原内閣陸軍大臣狭心症のため辞任
      〃. 8.30 田中義一特任軍事参議官就任
      1922. 2. 6 ワシントン海軍軍縮条約・九カ国条約、
      石井・ランシング協定破棄 山東還付条約締結
      1922. 2.28 大正12年帝国国防方針策定
      1923. 9. 1 帝都壊滅
      〃. 9. 2 田中義一特任軍事参議官最退任
      1924. 1. 7 田中義一特任軍事参議官就任
      1924. 6. 2 トロツキー政治局正局員、ジェルチンスキー同局
      局員候補に選出される
      1925. 1.20 日ソ基本条約締結
      1925. 4. 9  田中義一特任軍事参議官退任
       〃 . 4.14  田中義一 政友会総裁就任
      1925 夏or秋  ”田中上奏文”原案(旧海軍省在)の写真コピー
      現像フィルムがモスクワへ?
      1926. 7.20 ジェルチンスキー(Cheka(GPUの前身)創設者、
      同長官)死去
      〃.10.23   トロツキー政治局・中央委員会・中央統制委員会合同総会で解任
       〃 .12.25  昭和天皇即位
      1927 ?     ナウム・エイチンゴン ソ連副領事ハルピン支局指揮
      1927. 4.20 田中内閣成立(総理・外務大臣兼務)
      〃. 5.    日本兵第一次山東出兵
      〃. 6.27 田中閣第二回東方会議開催
        〃. 7. 7 同会議終了
      〃. 7.25 田中上奏文代奏?
    • 79. 右京
    • 2009年03月09日 07:55
    • 田母神論文はマスコミから叩かれた。

      その事実こそがこの論文が
      国益そのものであるという証明である。
    • 80. カルビー
    • 2009年03月18日 15:04
    • 『見つかった!南京の記述!、翰林版にも!』

      「Voice of America」などによると
      南京の記述が無い無いと騒いでいた(2007年2月頃)、
      翰林版の教科書にも、最後の付録の大時紀(大年表)に
      "日軍入城大肆殺戮、是為南京大屠殺"
      と書いてあるそうです。

      http://www.voafanti.com/gate/big5/www.voanews.com/chinese/archive/2007-02/w2007-02-13-voa42.cfm
       臺教科書淡化南京屠殺國民黨不滿 記者: 張永泰
       台北
       Feb 13, 2007

       台灣新版高中歴史教科書當中,出現了淡化處理南京大屠殺事件的情形。
       在野黨的國民黨對此相當不滿,並提出了批評。

       有關1937年的南京大屠殺事件,台灣今年許多不同版本的高中歴史課本都出現了淡化處理的情形。
       以翰林版為例,課文沒有提到南京大屠殺,只在最後附録的大事紀當中提到“日軍入城大肆殺戮,
       是為南京大屠殺”15個字。

       Voice of America
    • 81. 語感
    • 2009年03月20日 19:06
    • 普通には南京大虐殺というが、英語では「nanking(又はnanjing) atrocity」「nanking massacre]と表記する。

       虐殺、屠殺の英訳は atrosity [ə-trŏs'ĭ-tē]あるいはmassacre[mae'sэkэ(r)]、cruel[kru':эl]。

      これらの発音を日本語に現すと「オトロシティ」「マサカー」「クルーエル」となる。これを日本語の単語で語感が近いものに置き換えると「オトロシイ」「まさか」「クルエル」になる。最近は、こんな表現は使ってないようだけれども、何となく言い得てて妙だ。

       「南京大屠殺」の屠殺は、家畜の如くヤッタというのでありましょうが、現代的には妙に重くて悲しい、余り使ってほしくはない表現。

       ま、世界の歴史は、この「まさか」が何度も世界の各地で起きた、、固い迷信や偏見、差別、宗教、政治に基づいて、、繰り返えさせないために何ができるのかがいつも問われている。

       
    • 82. 尾形修一郎
    • 2009年03月29日 13:13
    • 5  こう言った事実を知る機会は殆どありません。
      殆ど、偏った考え方が多く、何故自国を悪者にしたいんでしょう?理解に苦しみます。
       田母神さんがいらっしゃる事に誇りを感じています。
      これからも、堂々とご発言ください。
    • 83. 近衛上奏文
    • 2009年04月07日 14:51
    •  「近衛上奏文」なるものを2CHではじめて知りました。なぜ、このような
      重要史料が一般に知らされないままできたのか、、、まぁ、日本の歴史家も案外呑気なもんだなぁと言う気がします。これを読めば、歴史観が一変することは、ほとんど間違いないでしょう。(はじめから、知っていた人は当然除くとして)

       「敗戦謀略」、「敗戦革命」についての知識があるほうが、ないよりもはるかに、第二次世界大戦の真相に迫ることができることは、確かなことであると、、、英米流資本主義のイヤラシサも今次の経験でイヤと言うほど味わされているけれども、、、

       この文章(上奏文)が、田母神氏の歴史観にプラスになるのか、その逆なのか、、田母神氏がいらっしゃればこそと思いますので、お任せします。

      リンク:http://www.max.hi-ho.ne.jp/nvcc/WA14.HTM
    • 84. 幻の上奏文
    • 2009年04月09日 00:02
    •  「これまで、この上奏文(近衛上奏文)は、一つの陰謀史観として扱われてきたようで、正当視されないものだった。」(二・二六事件研究家 山口富永 國民新聞 平成18年12月25日(月曜日))

       どうも、日本の近現代史については、これまで支配的な歴史観といえば、いわゆる東京裁判史観が主流であり、マルクスが唱えた階級闘争史観なるものは、あまり顕著とはならず、傍流も傍流で、学校の教科書でも大新聞と言われるマスコミにおいてもこれまで目にした経験がない。どちらかと言えば左翼に属するとされる系統の新聞においてすら、きちんとした説明は今までされてこなかったとみたいだし、東京裁判史観といわれる域を超えたものはなかったと記憶している。

       しかし、今つらつら考えると、かの戦前の田中上奏文といい戦争終了の間際に作成されたとされる近衛上奏文といい、どちらも内容の検討にも及ばない内に簡単に偽作とか陰謀史観として扱われてしまっていて、あたかもそれですべての問題が片付いたかのように放置されてしまったままできたことに対しては、なにか腹立たしい思いがします。

       仮にもし当時の日本にとって都合が悪いとか、現在の日本の特定勢力にとって悪い影響があるとかの理由でもって、正当に検討と評価ができないという風潮が今でもあるとするならば、それはまだ大変不幸な時代に我々は生きていると考えなければならないけれども、しかし、現在、こうしてインターネットであらゆる事について簡単に情報が得られるようになって、またこれに基づいて自由に発信ができるようになったわけですから、恐れることなく真相に迫りたいし、現にネット上でそのようにされておられる方がたくさんおられることに励まされています。

       これからも、これら幻の上奏文について、考察していきたと考えておりますので、ご意見のある方も自由に発表して下さい。

       
    • 85. もう遅いけど・・・
    • 2009年04月11日 01:14
    • >>36へ
      >>田母神のやつは、史料の解釈に、ほとんど根拠がないってだ>>け。
      理系からすると"だけ"はすまないと考えてしまう。
      >>ヴェノナファイルってのが存在するってだけで、狂喜したん>>だろうなと。
      調べるてみると、おそらくそうなのかもしれないけど、大賞をとる論文とは思えないよなぁ。とても論理的だとは思えない。
    • 86. 南京の罠
    • 2009年04月20日 16:19
    •  南京大虐殺はあった、けれどもそれは、日本陸軍を中国大陸の広大な内陸部に引きずり込み戦線を拡大長期化する国共合作の「罠」だったという説はあったようにも思うけれども、記憶が定かでない。侵略戦争であったという立場からは、侵略の歴然とした証左であり、また陸軍悪行説の一大根拠として松井石根大将等の戦犯とされた人達に対する有力証拠を為していた、、、ことは、多分疑いがないところである。

       ここで自作自演説を披露する気になったのは、これまでの経過でスターリンの陰謀、策略の果たした役割が大きかったという事実のせいである。それで、上海事変が実はコミンテルンの仕組んだ罠であったように、南京事変もその仕上げたる罠ではなかったか、と想起するのである。その意味するところは、戦線の拡大長期化と日本陸軍の残虐性の国際宣伝である。

       この観点からのみ、蒋介石が日本軍の南京城包囲の日から数日で軍を残して脱出した背景が読める気がするのである。

       
    • 87. 南京の罠2
    • 2009年04月20日 16:20
    •  この「おとり」作戦に到るまでの旧ソ連の軍当局の分析は、「まだ戦局は小規模であるが中国だけでは日本を駆逐できないし、ましてアメリカとの戦争にまでもっていくには材料不足だ」といったところだったのではなかったか。この事件直前の段階では、アメリカとの確執は戦争に至るほどのものがなかったのは、事実である。しかし、事変以後では、国際条約違反や人道違反で干渉できることになった。事実かどうか定かな証拠は当然ないが、それ以後蒋介石をバックから軍事的援護する援蒋ルートの活躍が一段盛んになっっていったのではないかと推測する。そして、これらのソ連、中国、アメリカの動きは、日本だけでなくナチスの進出するドイツをも相手にする第二次世界大戦の勃発を見越してのものだったのではないかと想像する、、、後になって事件の符節をこちらの都合のいいように合わせて作りあげただけだとの批判のあることは承知しても。

       現在の中国で虐殺記念館なるものが各地であるのは、残虐行為の証明と同時に罠にかけて成功した政権の正当性の主張でもあるまいことか、、、
    • 88. 南京の罠3
    • 2009年04月22日 17:21
    •  "Scorched-earth" strategy”(焦土作戦)
      One consequence of these "scorched-earth" strategy operations was that many citizens were hindered in their efforts to flee the city due to the destruction of the transportation infrastructure. It's not clear whether this consequence was intentional or not.

       According to one source, Tang(唐生智-南京防衛戦の総指揮官) placed the 35th and 72nd divisions(師団) at the port to prevent people from fleeing Nanjing in accordance with instructions from Chiang Kai-shek's general headquarters at Wuhan.(Battle of Nanking From Wikipedia, the free encyclopedia)
      ( 「ある情報源によれば、唐生智は、第35と第72師団を港に配置して人々が南京から逃げられないようにした、、、武漢にある蒋介石の総合司令部からの指示によって。」)


       唐生智は、蒋介石から南京防衛戦の総指揮官に任命され、最後の一兵まで戦う決意で臨んだが、意図的に焦土作戦を実行して南京に通じる長江以北の道路を封鎖する命令を下し、渡し船を廃棄して大量の市民が避難することができないようにした。また彼は、何ら組織的な撤退を準備しない情況下で12月12日に棄城命令を下達して、自分だけ保留するモーターボートに乗って逃走した。守備隊は指揮を失い、軍心が動揺して翌日南京は陥落し、その後に悲惨な南京大虐殺が発生した。

       これこそ、非戦闘員の市民を巻き込んだ焦土作戦の罠だったと言えないだろうか、、、

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