読者からのコメント紹介
2008年11月11日
当方には、強力なコメンテーター陣がいる。
以前、紹介させていただいた「その筋さん」もその一人。
もうひとり紹介させていただきます。
「一般読者」さん。
実は、同様のHNを使われている方が、複数います。当方では、IPでどの「一般読者」さんかを、整理させていただいています。
また、「自虐史観批判」に対する反論もきていますが、「陰謀史観」とか「ねつ造史観」という、共通用語がよくでてきます。歴史検証をすることを、「陰謀史観」とか「ねつ造史観」とひとくくりでしか、反論できないところに、「日教組教育の弊害をひしひしと感じる」(ボス談)だそうです。
つまり、こうした日教組的な批判は、「学問の自由、教育の自由、言論の自由」に制約を加えることになります。
もともと、日教組は「歴史や学問の自由な検証や研究を否定する機関」という側面があります。教育にたずさわる者が、自らの教育の範囲を侵害していることになります。これは、遺憾ですね。いや、憲法に抵触する可能性があります。確かに、これでは、北朝鮮の言論統一となんらかわりがないことになります。つまり、日教組は、「言論統一機関」だということになります。
「田母神論文」に対する批判のひとつとして、「政府見解と違うからけしからん」という論理はよくわかります。しかし、「けしからん」のはわかったとしても、政府見解と違う見解をもつことがどう、職務規程に抵触するのか?私的な論文で、個人的な見解をだすことが、「自衛隊法」で禁じられているのか?など、わからないことがたくさんあるわけですね。であれば、懲戒免職にしなくてはいけない。
さらにそうであれば、自衛隊法に、「自衛隊員の言論の自由はこれは職務上一定の制限を加える」とでも、明記したほうがいいのではないか?などと素朴におもうわけです。みなさん、これ考えてみてください。
ということで、当方のコメンテーターさんからの、コメントの紹介です。
一般読者
歴史問題は、「洗脳」された日本の一般国民以外の当事者にとっては、何が正しいかではなく、どのような歴史観であれば自分たちにとって得であるかの問題ですからねえ。
米国政府だって、中国政府だって、韓国政府だって自分たちの主張がウソであることは十分に知っているだろうし、中国国民だって韓国国民だって自分たちの主張に根拠のないことは薄々気が付いているだろう、が、しかし、そのウソであることの方が自分たちの利益、国益に適うから彼らはそのウソを主張して譲るつもりなどさらさらない。
日本の政治家、政党も現在なら「自虐史観」がおかしいなんてちょっと調べれば分かることでしょ?しかし、それでは自分たちの利益にはならないから、真実を認めることはしない(なお、一部の保守政治家の「自虐史観」容認には自衛隊の「暴走」への「足枷」との位置づけがあるようにも思えはするが)
ジャーナリスト、マスコミだって当然ちょっと調べれば分かるはず。しかし、洗脳された日本国民への「商売」を考えた場合には、「自虐史観」でいく方が受けもよく自分たちの利益にもなるからそれでいく(あと、中国、韓国に対する受けもよくなるから、そのメリットもあるだろう)
確かに、これまでは、このような状況であっても具体的に問題は発生しなかったから良かったかもしれないけど、米国一極支配の体制が崩れ、また、中国、韓国が軍事的に力をつけてきている現在および将来においては、「自虐史観」は、中国、韓国その他の日本に対する軍事、非軍事的な(復讐、報復的な)「攻撃」を(精神的に)合理化するものであって日本にとって極めて危険な作用をする状況になってきているのではないのか?
日本の野党、マスコミが「自虐史観」を私利私益のためにこれまでのように弄ぶことは、これからは、火薬庫で火遊びをするような日本に大きな危険を齎すことになるであろう。
なお当サイトは、北朝鮮や、日教組ではないので、等しく反論や批判はうけます。ただし、具体的な指摘がなく、ただ「陰謀史観」とか「ねつ造史観」とか「右翼」とか、レッテル用語だけを羅列する内容のともなっていないものは、相手にしている暇がありません。
以上
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コメント一覧
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- 2008年11月11日 14:17
- そもそも、文民統制は、政府が外交上の問題等を、軍事力で解決するか否かを判断するものではないのでしょうか?
しかし、今回の件での文民統制は、自衛官ひとりひとりの思想、部隊内での行動、言論等を、公務でもプライベートでも管理しなければならないといった、まるで超管理社会を想像するようなものに聞こえます。
これでは、論文に対してではなく、これを問題にしている政治家及びマスコミに対して、脅威を感じさせざるを得ません。
何を言いたいかといえば、こんなつまらないことで時間を潰す暇があるならば、拉致問題や竹島、対馬に、尖閣諸島や北朝鮮の核の問題など、外交及び安全保障について、もっと真剣に取り組んでもらいたい。
それは政府やマスコミだけでなく、国民ひとりひとりが既に考えるべき時期だと思うわけです。
また、有事の際に自虐史観ばかりで自衛隊が国を守れますか?
彼らは、いざとなれば、国民を守るために命を投げ出す覚悟で、日々公務についています。
しかし、法の壁により、不審船を拿捕できないケースも多々あるわけです。
乱文になりましたが、そういったことも認識して、考えるべきだと思います。
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- 2008年11月11日 14:50
- 歴史の敬意は常に同じではない
これは基本である。
だから民族史観も色々ある
だがら言論の自由は守らないといけない。
それを間違った解釈をしている奴は恥ずかしい人達です
戦史と外交史は戦勝国の国益の為に
意図的に変えられた事実を知らない奴はまず論外です。
名著で学ぶインテリジェンス
(日経ビジネス人文庫 ブルー し 8-1)
文庫: 261ページ
出版社: 日本経済新聞出版社 (2008/11/4)
ISBN-10: 4532194660
ISBN-13: 978-4532194666
発売日: 2008/11/4
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これを読んで調べて
意見を書ける人が本当のジャーナリストです。
筑紫さんは少し斜め上逝っちゃったから2chでみんなから文句を言われた。ある意味偉い人だった。
確かエドマウローやダンラザー、デイビットレターマンになりたかったのでしょう。私なら今の時代なら目指すのは亡くなったティム・ラッサートとディリーショーのあの人を目指すのが正しいです。
御法川さん
貴方はもう少し休んで本を読む癖をつけなさい
これはTVメディアに出ている全ての方に言っておきます。
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- 2008年11月11日 17:23
- 歴史の敬意は常に同じではない×
歴史の経緯は常に同じではないが正しいです
失礼しました。
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- 2008年11月11日 18:06
- わざわざ取り上げて下さって汗顔の至りです(;^_^A
しかし、日本の政党、マスコミ(A新聞社、M新聞社等)は、戦前は日本の偏狭な反米ナショナリズムを煽り、そして戦後60年以上を経た現在は、事実(結果)の問題として、中国、韓国の偏狭的な反日ナショナリズムを根拠の定かではない、「慰安婦問題」等の「自虐史観」で日本はこんなに悪いことをしたんだぞと「煽っている」。
マルクスの「ルイ・ボナパルトのブリュメール18日」の冒頭にある有名なセリフ「世界史上の大事件は2度起きる。ただし、1度目は「悲劇」として2度目は「喜劇」として」、、、「自虐史観」で中韓の偏狭な反日ナショナリズムを煽り、それにより、日本が中韓の軍事的、非軍事的な「攻撃」を受け軍事衝突に至るようなことになるならば、世界史上まれにみるw「喜劇」としか言いようがないorz
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- 2008年11月11日 21:25
- >>アーミーが日本にテイジするものは常に正しい、ただしそ>>れは常に悪役が存在することによってだが」
悪役は居ない
あるのは平和を守る為に何が出来るかを知っている者は
愛国心を知り、平和を訴えるだけの奴は平和を守っている振りをして愛国心を知らない。
愛国心がある者は多分こう言うだろう。
誰も傷つけたくない事は知っている。
でもそれを一番よく知っているのは軍人である事。
そして敬意を表す礼儀も知っている。
平和という平穏の日々を常に作っている彼らの努力を
知っている。ジャーナリストはその中でその時起こった出来事と事実を伝える事しか出来ない事を知っている。
後は国民に問わせる事。正しい事とは何かを人それぞれに考えさせる。今の日本メディアにはそれさえ出来ないほど劣化している。
嘆かわしい。
便所の落書きと言われる2chがある事は国民の本音が見える事なのだ。そして日本のジャーナリズムのあり方を再考するきっかけになると思うが、馬鹿はこの問いに対して書かなくてはいけないのに書かない。既得権というぬるま湯に溺れて無視をしている。田母神氏論文と筑紫氏の死去が同時に起こった事は良いチャンスなのである。だが、私は憂うしかない。
私が言っているネオファシズムとは田母神論文へのヒステリックな状況と筑紫氏の功績を異様に称賛する事は恐ろしい事とに気がつかない日本のメディアは言論の自由を自ら放棄したのである。
私は今日を日本の自由と民主主義は終わったと断言させてもらう。
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- 2008年11月12日 07:19
- 私達は、【場】というものから逃れられません。
【場】には、「学校」「職場」「業界」「世間」「国家」…と様々な場面がありますが、
そこから無関係の場所で私達は生きて行くことは出来ません。
【場】の中に居場所を力づくで確保しないと、例えば「学校」や「職場」で、
あっという間に、弾き出されてしまう経験はよくあることです。
【進歩派】が、私達にウソ臭く感じられるのは、
彼らがそんな【場】から、無関係に存在しているかの様に振舞っているからです。
私達には、彼らが現実を見ることが出来ているとは、到底思えません。
しかし、【場】は、時間と共に変化しなかったり、変化したりします。
そんな変わって行く【場】からも私達は逃れることは出来ません。
【場】は、伝統や、歴史や、そこに居る人々の様々な思惑が絡み合って存在します。
外からの情報で影響される場合もあります。
つまり一つの要素で永遠に固定され続けるわけではありません。
私が、個人的に【愛国心】という言葉に対して少し違和感を感じるのは、
【愛国心】が、人々が逃れることの出来ない【場】と少しずれてしまっていると感じる場面があるからです。
(もちろん、【進歩派】の【場】を無視する能天気さより、遥かに【愛国心】は、【場】を見据えられています。)
→続く
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- 2008年11月12日 07:21
- →続き
私達は【場】から外れてしまった時、その心の傷を癒すために、
心の中に【場】から独立した【思い≒信仰】を持つことがあります。
さらに、変化して行く【場】から振り落とされないように、生き残る為の【信条≒信仰】を持つこともあります。
私には、【愛国心】という言葉が、どこか色あせて見えてしまっています。
私には、残念ながら、【愛国心】という言葉が、私たちが逃れられない【場】を解明する言葉ではなく、【場】から振り落とされないように持った【信条≒信仰】のように思えてしまっています。
【愛国心】が、【信条≒信仰】であるのであれば、それは残念ながら、【場】から逃れることのできない私達に、【強要】することは出来ません。
(もちろん【場】からは、私達は、無条件に強要されています。)
なぜなら、【信条≒信仰】は、個々人で全く違っていても構わないからです。
厳然として存在している事実は、【場】から逃れて生き続けることは出来ないということです。
私は、【愛国心】が、逃れる事の出来ない【場】を解明し尽くしているとはどうしても思えません。
今一度、【愛国心】という言葉を、鍛え直す必要があると思うのは私だけでしょうか?
私個人は、今の【場】の姿を解明(体感?)することに興味があります。
それに近づく【論争】を、皆が避けていることについて、残念に思えてなりません。
(【愛国心】を否定している文章ではありません。私達の生きることにとって、【思い】や【信条】は大変重要なことです。それだけは譲ることは出来ません。
あと、その筋さんに吹っ掛けているわけではありません。その文章に信頼感があるから「違和感」を伝えたく、書きました。)
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- 2008年12月10日 20:50
- みんな、文章が長いっす。「historyはhis storyなんだから、予断が入っていて当たり前。」でオーケー。
日本の高校の教科書に、四境戦争=第二次長州征伐の、長州側のデタラメな勝利が書いてあるか?
戊辰戦争で奥羽越列藩同盟政府=白河政府があと少しで独立宣言出すところだったとか書いてるか?
蝦夷共和国独立戦争がまともに記述されているか?
「白河以北一山百文」と言われて、WW2終戦まで続いた旧賊藩出身者への差別が記載されているか?
記載されていない。今は、WW2の敗者である日本人全体が批判されている。そんだけのこと。ちなみに、私、2ちゃん歴はまもなく7年目。




いや、日本国内のフラストレーションも大分溜まってると思いますけどねぇ…