当事務所の顧問である遠藤顧問。
 実は、これまで「遠藤顧問の歴史だよ」ということで、不定期連載をしていた。
 なんせ、不定期だから、2回分しかない。

沖縄戦「集団自決」に関する教科書検定問題 “第二の「教科書誤報事件」にしてはならない” 2007年10月11日

大政翼賛会について by 遠藤顧問 2007年11月10日


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 その「遠藤顧問の歴史だよ」が読者限定で復活しています。
 復活記念で無料公開しています。
 日教組以外の人、読んでください。

 今回は、「ここが卓見」です。
 あつかったのは、

北村稔・林思雲『日中戦争 戦争を望んだ中国 望まなかった日本』PHP研究所


日中戦争
日中戦争


 



 林思雲氏の略歴は、
「1963年南京市に生まれ、1985年南京大学を卒業。1992年に留学のため来日。1996年に九州大学で工学博士号を取得後、日本の企業に就職。1997年以降、中国語インターネットウェブサイト上で日中関係をはじめとする様々な分野について個人的な見解に基づく文章を発表し、多くの読者の関心を集めている」

「林氏はこの本の担当部分を中国語で執筆し、北村が日本語に翻訳した。林氏は巻末の参考文献一覧に示されるとおり、全て中国側の研究を資料として執筆されている」と北村稔氏は述べている。

 北村氏は、『「南京事件」の探求』文春新書、等で有名な歴史学者である。


 さて、ここで「遠藤顧問の歴史だよ」<ここが卓見>にすぐいっていただいてもいいのですが、その前に、少し準備しておきましょう。
 ほら、昔からいうでしょう。

「仕事2分、段取り8分」(当方のボスの口癖)


 まずは、動画から・・・・・

日中戦争 (1937-1938) 
日中戦争 (1937-1938)

日中戦争 1937年(昭和12年) 
日中戦争 1937年(昭和12年)

 

 

 そして、本著でも触れられている

 NHKスペシャル日中戦争〜なぜ戦争は拡大したのか〜


日中戦争


 1937年、盧溝橋(ろこうきょう)事件に始まった日中戦争。戦闘は8年間にわたり、日中双方におびただしい犠牲をもたらした。そしてこの戦いを通じて日本は英米との関係を悪化させ、太平洋戦争への道を突き進んでいく。日中戦争はなぜ拡大したのだろうか・・・。

 その背景を物語る重要な資料が公開された。当時、中国国民政府を率いた蒋介石の日記である。この日記から浮かび上がる蒋介石の意図。それは日中戦争を世界戦争へと連動させ、米ソの力で日本軍を倒すという長期的な構想である。

 蒋介石は戦前からドイツ軍事顧問団によって軍を近代化し、最新兵器による軍備を進めていた。さらに戦争が始まると、国際社会の注目が集まる上海近辺に精鋭部隊を派遣。英米の経済制裁やソビエトの参戦によって戦局の好転をはかろうとした。

 これに対し、日本政府は国際社会の批判を避けるため、不拡大方針を掲げたにも関わらず、なしくずし的に全面戦争に突入してしまった。その背景には、蒋介石政権を弱小と見て、「一撃で倒せる」と考えた日本軍の誤った状況認識があった。出先の軍を率いる司令官らは満州事変の経験から中国の力を過小評価し、独断で首都南京攻略へと進軍。日本政府もこれを追認してしまったのである。

 中国の真意と力を読み違えた日本。それは泥沼の日中戦争から太平洋戦争という破局をもたらした。初公開の資料から、日中戦争を日中だけでなく、アメリカ、ドイツも含めた国際的な視野からとらえ直す。そして日中戦争がなぜ拡大したのかを明らかにしていく。


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 ここまで、くれば大丈夫です。
 段取りは済みました。
 本編へいってください。
 今回、無料公開です。

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祝!「遠藤顧問の歴史だよ」が復活2008年12月2日


以上