パレスチナ自治区ガザ地区で大規模な空爆があった。
 当方のボスが、この業界に入るきっかけになったのが「パレスチナ問題」だ。
 そして最初の海外取材がこのパレスチナ地区である。

「ま、当時は、レバノンのベイルートが取材の最前線だったけれど、パレスチナといってよし。確かに、パレスチナ問題というと、日教組教育をうけた連中や、アカピーの専売特許みたいなっていた時期もある。いまも、そういう側面があるか?
 ま、そのことはおいておこう。
 しかし、日教組や、アカピーはおいておいていいから、もう一度、このパレスチナ問題をじっくりと眺めると、世界の仕組みがわかる。
 これについては、日教組や、アカピーの影響外で、今度書いてみようとおもうけれど、今起きているのが、イスラエル軍による、パレスチナ自治区ガザ地区への大規模空爆。これこそ、来年の起きるであろう世界の危機の象徴だな」(ボス談) ということです。

 うん?で、何をどうすれがいいのか?
 ボスから何も指示はない。

 とりあえず、今起きていること・・・・・
 これには日教組はでてきません・・・。


IBTimes

ガザ地区で新たな空爆、死者250人超える
CNN Japan, Japan - 33 minutes ago
ガザ市(CNN) イスラエルは28日朝、ガザ地区を新たに空爆し、ミサイルがガザ市内の警察署を直撃した。イスラエル側で取材活動にあたっているCNN記者は、午前8時15分頃にガザ地区の方向で大きな爆発が3度あり、黒煙が立ち上ったと語った。 ...
ガザ地区 時事通信
国際社会、イスラエル軍のガザ地区空爆を非難 中国国際放送
米政府、ハマスに反撃阻止促す IBTimes
AFPBB News - CNN Japan
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AFPBB News

ガザ地区の大規模空爆、死者228人・負傷者700人
AFPBB News, Japan - 7 hours ago
(c)AFP/YASSER SAYMEH 【12月28日 AFP】イスラエル軍が27日に行ったパレスチナ自治区ガザ地区(Gaza Strip)のイスラム原理主義組織ハマス(Hamas)の拠点を標的にした大規模な空爆では、死者が少なくとも228人に達し、負傷者は約700人となった。 ...

【ガザ空爆】アラブ緊急外相会議を招集
MSN産経ニュース, Japan - 16 hours ago
アラブ連盟(事務局・カイロ)のムーサ事務局長は27日、イスラエル軍によるパレスチナ自治区ガザ地区への大規模空爆で多数の死傷者が出たことを受け、緊急外相会議を28日に開催すると述べた。 事務局長によると、アラブ諸国は事態の早期収拾を図るため、国連安全保障 ...
イスラエル:ガザ空爆 緊急外相会議をアラブ連盟招集 毎日新聞
【ガザ空爆】アラブ外相会議31日に延期 MSN産経ニュース
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【ガザ空爆】サルコジが中止を要求
MSN産経ニュース, Japan - 27 minutes ago
欧州連合(EU)議長国フランスのサルコジ大統領は27日、声明を発表し、パレスチナ自治区ガザ地区への空爆とイスラエル領へのロケット弾攻撃を即刻中止するよう要求した。大統領はフランスとしても同様の要請を行った。EUのソラナ共通外交・安全保障上級代表も同日、 ...

 やや重いようですが、以下の動画もあります。

 
 
 


 そして、一読したいのは、

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■□ 「ガザで過ごした私の夏休み」 □■
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日本パレスチナ医療協会
JPMA

パ ┃レ┃ス┃チ┃ナ┃最┃新┃情┃報┃JPMAメルマガ081205
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 より


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■□ 「ガザで過ごした私の夏休み」 □■
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「ガザで過ごした私の夏休み」(*1)
           アイーダ・アリ・クレイボ(*2)
           訳・長沢美沙子

はじめに(訳者から)

 ガザに光が射し込まないと私も憂鬱。そんなとき、「ガザのもう一つの顔」と題してガザを特集したThis Week in Palestine誌(エルサレムで発行されている月刊小冊子)125号が届いた。ガザの美しい姿がモザイクのように冊子いっぱいにちりばめられていた。
 アイーダ・クレイボという中学1年生の女の子の作文に目が止まる。私は彼女を知っている。赤ちゃんだったときに日本にいたし、2歳か3歳の頃にジェリコで再会し、キリストが悪魔の誘惑を退けたという話で有名なジェリコの山を一緒に歩いたこともある。その女の子のエッセー! ガザを恋する乙女のように初々しい想いがほとばしるように綴られている。ガザってこんなにも麗しいところなの?! ガザのイメージを一変させる、中学生の作文。原文を尊重し、なるべく忠実に紹介します。一部省略しました。
 
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 私がガザで過ごした夏休みは初めてではないし、これで最後になるとも思わない。けれども、最高の夏休みだった。ガザの町はパレスチナの中で私がとても気に入っている町。私がその町を愛しているのは、自分がよそ者だなんて感じることが全然ないから。だからガザは私の第二の故郷。
 それに私の家族の一部がガザにいるし、もちろんたくさんの友だちもいる。その友だちの温かい思いやりは私を温かく包んでくれて、もっと居心地を良くしてくれている。私の一番の親友のハナーンは動物が大好きだということでもいっしょ。彼女は犬を3匹飼っている。
 私がガザのことを想うとき、トルコ石色の海のイメージが真っ先に出てくる。空っぽの黄色い海辺ではなく。ガザの人たちはガザの海岸を心から愛していて、特別の親しみを持っている。私が砂浜を歩いていると、ガザの人々固有の人間的な面を感じる。それは人々の温かくソフトな優しさ。
 ガザの海は呼吸ができる最後の空間。ガソリンが不足して、ガザからラファまでのパノラマをいつものように長い海岸に沿ってドライブして楽しむことは今ではできなくなったけれども、海は見捨てられてはいない。ガザの人たちは友人や家族と一緒に海岸に沿って散歩したり、ピクニックしたりすることを喜びとしている。
 ガザの人々はみずみずしく湿った空気を吸うのを楽しみ、観賞し、自分たちの心拍を、まるで寄せては返す波が、小さな滝のような岸壁でいつまでも終ることなく続く音のように感じて聞いている。
 海辺はガザの人々が自分たち自身となるために行くところ。海岸はまたガザの人々が自分たちの飼っている動物とやさしく触れあう場所でもある。
 大人たちが自分の飼っている犬や馬、ラバたちと会話しているところを見るのはとてもうれしくなる光景だ。いっしょに砂浜を走ったり、水のなかで転げ回ったり、ときに立ち止まって犬や馬、ラバを水浴させたりする。馬と馬に乗った人間があたり一面波に囲まれている絵はあまりにも美しい。私の父は海辺の人間と馬の絵を描いたことがある。今年の夏、私はアブ・アムラーというベドウィンの男性にめぐり会った。彼は毎日と言っていいほど海辺にやって来る。彼から、私の父の絵はすばらしいと聞かされた。
 海辺では馬もロバもラバも愛情を惜しみなく注いでもらっている。ガザの人々は自分のペットの動物に自分の秘密を打ち明け、どうかねって問いかける。このやさしい関係はガザの人々にほんのりとソフトな色彩を加える。西岸では、人も動物も心を通わせたりしない。ここガザでは動物は大人が語りかける相手としてのペットだ。人間の最良の友は、犬だけでなく、馬もラバもロバも友であると普通に受け入れられているのがガザだ。
 友だちのハニーンは3匹の犬を飼っているけれども、アブ・エルワファも自分の犬を飼っている。彼はどこへ行く時も〈スカウト〉を連れて行く。カフェでもいっしょ。彼の犬は彼の友であり、だれでもどこでも〈スカウト〉を歓迎する。

 ガザのことで私には心の中に一つの傷がある。
 何年か前に、私の父がガザの海について書いていた。彼の家族の所有するオレンジやレモンなどの果樹園がガザにあったけれど、イスラエルの戦車になぎ倒され、その後イスラエルとパレスチナの戦闘の場所となってしまった。そこはそれ以来クレイボの丘として知られるようになった。父がどんな気持ちだったかは『山々が消える前に』という最初の著書の中の次のくだりを読んだときにわかった。

 「ガザの海岸に立っていると、私たちは神秘の自由といった感覚を覚える。インティファーダが開始される以前、私たちはガザに頻繁に行ったもので、海の香りをたっぷり吸い込んだものだった。海と空が一本の青い線となった遥か遠くの地平線をじっと見つめ、郷愁に浸ったものだった。だがその一方、エルサレムで私たちは歴史に溺れかけている。」
 「遠くはなれたガザでは、人はもっと自由に息をしている。なぜなら、海が象徴的表現に満ちているから。ガザの海は宗教の歴史の重荷から解き放してくれる出口となり、イスラエルの占領という苦役から一時的に逃れさせ癒してくれる。ガザの海はアラブのもの。民族が海に起因すると考えられると言うと驚きになるかもしれない。しかし、イスラエル占領下ではすべての中立的なものも民族的なアイデンティティを持たされてしまう。占領地ではアラブの車があり、ユダヤの車がある。アラブのトマト(バラディ)がありユダヤのトマト(産業的生産物)がある。アラブのケーキがあり、ユダヤのケーキがある,という具合に。」
 「政治的な争いから、私たちの視野や、宗教的民族的な線引きに従った日常の暮らしの分類区分が規定され制限されてきたために、海までもが民族的なアイデンティティを持つようになってしまった。ガザでは、地中海はアラブだ。テルアビブの海とガザの海にどれほど大きな違いを私たちは感じていることか! ヤーファ(ジャッファ)からわずか3キロメートルのところに位置するテルアビブの海は、私たちの野心(希望)が弾き返される青色の壁のように立ちはだかっており、私たちに容赦のない現実を思い起こさせる 空も海も私たちの上で閉じてしまう。しかし、ガザの海浜に立っていると、私たちは深く呼吸ができて自分たちの自由を感じる。その海の水平線は果てしなくどこまでものびていき、私たちの夢は空高く舞い上がる。」

 ガザの暮らしはニュースで流れるようにみすぼらしいものではない。確かに貧困はある。多くの人々が飢えに苦しんでいて、冷酷なイスラエルの包囲で気持ちが塞がってしまうという悲しい現実が見えないわけではない。私の母は、極度に助けを必要としている人たちに一週間おきに食糧を配給するOxfamで援助活動をしている。私は休暇でガザにいた夏の間、母が水のペットボトルやオリーブ油やデーツ、ジャガイモ、レタス、トマト、鶏肉、卵など、必要としている家族に配るのを手伝った。学校に来なくなった子どもたち、あるいは失業している人たちが暮らしに見通しをつけられるよう支援するために母はフォーカス・グループで活動していたので私も参加した。劣悪な環境の難民キャンプに私も母に付き添って訪問した。多くの人たちの苦しみについて私も知っている。たとえば貧血症のような病気が蔓延していて、60%の妊婦は貧血症にかかっているし、6歳以下の子どもたちの70%が貧血症にかかっている。しかしイスラエルの経済封鎖、医薬品輸入禁止が原因で起きているこの悲しい状況があっても、私はそれでもガザにはすてきなものがあるのを見るのをやめたくない。喜びの空間があるのだと言いたい。
 ガザはすばらしい町。ジャーナリストたちがひどい報道をするので、ガザのイメージはがたがたにされて、皆にガザの良いところを忘れさせてしまっている。多くの問題があるとしても、ガザという町はとても美しいところ。トルコ石色の海に、温かくやさしい人々、それにレストランや、カフェ。
 ガザ人は情愛深く、思いやりがあり、センチメンタルで、ロマンチックな人たち。その人たちの人間愛は無限の喜びの源泉。ロマンチックな場所、良い眺めが楽しめ、屋内の雰囲気があたたかく居心地の良いカフェやレストランに出かけるのを楽しむ。出かけるときはおめかししていく。ガザ人は見ることも見られることも楽しんでいる。
 私のお気に入りのコーヒーショップはマザージというお店で、オマール・ムフタール通りの2階にある。そこにはとても大きな窓があり、木々や行き交う車が見える。居心地がよくて、静かで、冬はとてもロマンチック。『ラッテ・フラッペ』はおすすめ。そこで読書するのもいい。持ち帰りのコーヒーの『バドリー・ウニーハ』はエルサレムにいる父がとても喜んでくれた。
 「西岸のどこのコーヒーよりもずっとおいしいね。アンマンのアルマミードのコーヒーよりもおいしいくらいだ」と父は思わず叫んだのだった。
 ルーツは私の好きなレストランで、海浜のすぐそばのレーマルというところにあり、アブ・マーゼン広場、今はハマス広場という名前に改められたところからあまり遠くないところにある。カントリークラブのようなところで、広い庭と子どもの遊び場があり、屋外と屋内のレストランがある。夜10時になるといつもレストランの中央に巨大なスクリーンが設置され、『ヌール』というトルコの人気メロドラマをアラビア語の吹き替えで上映してくれるので、それを皆が楽しんで観ていた。

 アラビア語で博物館をアル・マットハフと言うが、「アル・マットハフ」は新しく驚くほどすばらしい所なので紹介したい。考古学的な陳列の品々はジャウダット・アルフーダリー氏という富裕な実業家のコレクション。ローマ帝国時代の円柱の文字や、古代の様々な形をした広口瓶や壷、ガザの歴史を時代別に表す錨やランプ、ガラスの瓶なども展示されている。古美術品などのコレクションに加えて、形の美しい建物の中にはレストランがあり、夕日が最高に美しい海岸の景色が眺められる。一階には中庭に滝があり、広い多目的室がある。二階はまだ内装工事が続いている。
 「博物館を建設しようと思ったきっかけは何ですか?」私はジャウダット氏にきいてみた。
 「ガザが包囲されていても、私たちは小から大、少ないもので多くのものを生み出すことができることを皆に知らせたいと、一つの挑戦として建設したのです。」そして彼は夢見るような声でこう付け加えた。「ガザはいくつもの文明が交差してきた十字路だということを、ここの皆に思い起こしてほしいという願いもあったのです。」

 マフムード・ダルウィーシュがこう書いている。
 「いくつもの文明がガザを通過した。
  ガザの包囲は初めてのことではないし、
  これが最後でもないだろう。
  ガザを侵略したすべての者たちは滅びた。
  しかしガザは今もある。」

 ジャウダット氏はまた考えてこう付け加えた。
「(博物館や詩が)なかったら、私たちの未来を考えることはできません。」

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あとがき(訳者から)

 古居みずえ監督の映画「ガーダ」を観賞した人で、イスラエル軍による抑圧が日常的にあることを知って驚いた人は多いだろう。しかしそれと同時に、そんな厳しい毎日の中でたくましく生きているガザの女性たちの姿に心うたれ、彼女たちが懸命に継承していこう、取り戻そうとしている豊かな文化があることを知ることも驚きだったと思う。ガザの人たちには誇りにする文化があり、自然があり、やさしい人間関係がある。うれしいことに、そのことを中学生のアイーダの目を通して私たちは再び知ることができる。もう一度ガザをまっさらな気持ちで見るようにしたいと思う。
 なお、この文中に出てくるアイーダの父親、アリ・クレイボ氏はエルサレムのアルクドゥス大学の教授(文化人類学者、画家)で、約10年前に東京外国語大学で講師として招かれ日本滞在の経験があり、アラビア語で日本文化について書いた著作もある。なお、アルクドゥスとはアラビア語でエルサレムのことである。

(*1)出典:Aida Ali Qleibo, 2008.“My Vacation in Gaza”, This Week
in Palestine Issue No.125, pp.46~48.
(*2)アイーダ・クレイボはエルサレムのベイト・ハニーナにあるフレール学校の7年生(日本でいえば中学1年生か)。2008年夏をガザのYMCAサマーキャンプで過ごした体験を書いたもの。

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(編集注:一部編集しました。また、アリ・クレイボ氏は12月12日から16日まで東京、広島、京都で開かれたナクバ国際シンポジウムに出席していました)

以上