当方の、「調査分析報道・資料集」の『差別表現・不快語・注意語要覧』 2008年01月05日にいっていただくとわかるけれど、

「A…使用しない」
「B…特別な場合意外は使わない方がよい」
「C…文脈によっては使わない方がよい」

 というランク付けがあって、万が一でもマスコミで飯をくっていこうとおもったら、真っ先に覚えなくてはなりません。

 その中で、(民族・国際差別関連)というのがあって、

支那…A 中国 東シナ海、南シナ海は使用可(テレ朝)
支那そば…B 中華そば、ラーメン
支那竹…B メンマ

 というのがあります。
 ま、うちのボスなんか、平気で「シナ」と書いていますが、担当編集者や校閲の人がちゃんと修正してくれます。これマスコミのすごいところです。

 ところが・・・・・・・・・・・・・・・・

遠藤顧問の歴史だよ!

七回目 「シナ」と呼ぶ正当性と「中国」と呼ばせる不当性

 という、待望の原稿が登場します。

 遠藤顧問とは、当方のボスの古くからの友人で、当事務所や、当サイトの顧問で、「金太郎と、桃太郎を一緒に合体させて変身!したような人」で、「ただの、飲み屋のネーちゃん好きで、現在、中年失業家。最近、暇をもてあまして、映画制作(非金儲け&良作品限定)に投資して、自己資産を目減りさせている人」(当方ボス談)なんですが、なんと、昔は女子高で、歴史の教員をしていました・笑。

 で、肝心の「シナ」人も納得したという、中国を「シナ」と呼ぶ正当性について書いていただきました。それも中途半端じゃありません。まして、ただの政治的なプロパカンダではありません。その辺、ちゃんと区分けして、当方のサイトみてくださいね?頭の悪い人は、その辺、わからんようだから・・・・・。
 
 これは、差別でなくて、区別だからね。

 マスコミ関係者でも、見逃していた、貴重な文献を発掘!
 屈指しての記述です。

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遠藤顧問の歴史だよ!
七回目 「シナ」と呼ぶ正当性と「中国」と呼ばせる不当性

小見出し

史実からみる「シナ」

シナ人の「文化倒流」と呼ぶ屈辱感 

北京政府は、1915年の「二十一箇条要求」受諾の日を「国恥記念日」と定めた

日本人だけには、「シナ」と呼ばれたくない

1930年の外務大臣・幣原喜重郎の改称提案

大政翼賛会が「支那という呼び方をやめて中国としよう」と提唱したが国民は受け入れず

では、いかように、「支那」の語は「死語」化したのか?

マスコミはどのような根拠をもって、規制したのか?

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「シナ」と呼ぶ正当性と「中国」と呼ばせる不当性2009年1月23日