ジャーナリズムというよりは、論壇というか、歴史学会をまきこみつつ、話題になっているのが、連載中の「遠藤顧問の歴史だよ!」である。
 いわゆる歴史認識というと、日教組の歴史認識と、それに迎合したかのような歴史認識があって、これはこれで、保守系といわれている論壇でもたびたび話題になっている。
 ジャーナリズムでいうと、「歴史教科書」問題としてとりあげられることがある。

 しかし、当方事務所の顧問であり、当方ボスの古くからの友人であり、ただの飲み屋のネーちゃん好きかもしれない遠藤顧問が、「その根底」から、見直し提唱しているのが、この「遠藤顧問の歴史だよ!」だ。

 ま、ここには、飲み屋のネーちゃんはでてこないし、裸もでてこないし、うちのボスも登場しないので、安心してよめるということが第一のメリット。

「ジャーナリズムの基本が現場の取材にあるとしたら、歴史認識も思想性や時代性でかたるのでなくて、歴史そのもののもつ事実から出発すべきである」と珍しくまともなことをいっているのが当方のボス。

 だから、ここでは、ただの日教組批判や、日教組に迎合したかもしれないマスコミや論壇批判はでてこない。また、ただ声高に騒ぐだけの、にわか保守に迎合することもない。

「日教組も、リベラルといわれている反日も、にわか保守も似たようなものだ。政治性や思想性をもって恣意的に歴史認識を語るべきでない」(当方ボス談)

 であるからして、ここでは日教組は排除しない。
 日教組の影響をうけたかもしれないリベラルといわれているマスコミも排除しない。なんとなく時代は保守だろうということで保守論壇になびいているにわか保守も排除しない。

 ただし、現場の記者といえどもすべての事象やすべての現場を取材して、そこからすべての事実認定を抽出できるものではない。それは、当方の遠藤顧問とて同じである。

 よって総論にはならないし、総論にはしない。
 だいたい、歴史認識や、ジャーナリズムを総論でかたること事態が、恣意的であるし、恣意的にならざるえない。かってうちのボスなども影響をうけたかもしれない「唯物史観」のように・・・・。

「我々は誰も万能な神にはなれないし、ましてなるべきでない」(当方ボス談)

 総論や、神を求める人には不要な連載であろう。
 いや、このサイト自体が、総論と安易な結論を求める人には不要なのである。
 邪悪な魂はもとめていない。

 ただし、スケベは許容する・・・・・・らしい。

「たったひとつあるとしたら、今という同時代性を共有できることだけである。それ以上でもそれ以下でもない。人間死ねばただの無になる。その無に装飾品はいらない。
 以上でおわり。
 よし、酒でも飲みに行こう!!!」(当方ボス談)

 ということで、これで本当におわってしまうのだが。

 今回の「遠藤顧問の歴史だよ!」は・・・・・・・

 

 


遠藤顧問の歴史だよ!
十三回目「島原の乱」の評価について
by 遠藤顧問


小見出し


教科書から「島原の乱」の呼称が消えた!

「一揆」の評価の流れ

新たな「宗教一揆論」

神田千里氏の実証研究の意義

近年の歴史研究の潮流

幕府や藩(権力側)の「作為」?(岡田章雄氏の場合)

幕府や藩(権力側)の「作為}?(中村質氏の場合)

新たな「宗教一揆論」に対する“抵抗勢力”

“抵抗勢力”の“自己批判”?



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 今回、おすすめの一冊はこれ・・・・


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「島原の乱」の評価について 2009年3月21日