<岸は同盟者ではなく、エージェントだった>
『週刊文春』2007年10月4日号は、「岸信介はアメリカのエージェントだった!」と題する特集を組んだ。この特集が特筆されるのは、岸信介元首相がこれまでいわれていた「CIAの同盟者」ではなく、「CIAのエージェント(代理人、スパイの意味)」だったと断定していることである。同特集は、ミューヨーク・タイムズの現役記者、ティム・ウィナーの著書『 LEGACY of ASHES The History of the CIA』(灰の遺産 CIAの歴史、今年6月発行)から岸がCIAのエージェントだったとする部分を引用している。引用部分は次の部分である。
「米国がリクルートした中で最も有力な二人のエージェントは、日本政府をコントロールするというCIAの任務遂行に協力した」
「(そのうちの一人)岸信介はCIAの助けを借りて日本の首相となり、与党の総裁となった」
「岸は新任の駐日米国大使のマッカーサー二世にこう語った。もし自分の権力基盤を固めることに米国が協力すれば、新安全保障条約は可決されるだろうし、高まる左翼の潮流を食い止めることができる、と。岸がCIAに求めたのは、断続的に支払われる裏金ではなく、永続的な支援財源だった。『日本が共産党の手に落ちれば、どうして他のアジア諸国がそれに追随しないでいられるだろうか』と岸に説得された、とマッカーサー二世は振り返った」
「岸は、米国側の窓口として、日本で無名の若い下っ端の男と直接やり取りするほうが都合がいい、と米国大使館高官のサム・バーガーに伝えた。その任務にはCIAのクライド・マカボイが当たることになった」(注=CIA側の窓口となったビル・ハッチンソンもクライド・マカボイも日本共産党が発表した在日CIAリストには載っていない)
「CIAの歴史」は同書の序文によれば、匿名の情報源も伝聞もない、全編が一次情報と一次資料によって構成された初めてのCIAの歴史の本である。
重要なのは、岸信介が児玉誉士夫と並んで、CIAが日本政府をコントロールするためにリクルートした最も有力なエージェントと指摘していることである。そのために、CIAは岸に巨額の金を注いだと指摘している。
つまり、安倍前首相がもっとも敬愛する祖父、岸信介はあの無謀な戦争を指揮した戦犯であるだけでなく、売国の政治家だったことが改めて裏付けられたことになる。岸は1952年7月、追放解除者を集めて、自主憲法制定を旗印に日本再建連盟を結成する。
自主憲法とはなにか。
あの悲惨な戦争体験から13年しかたっていない時期に岸信介首相(当時)はこんな発言をしている。朝日新聞の縮刷版によると、1958年10月15日付の夕刊の1面に、「憲法9条廃止の時」という記事が載っている。米国NBCの記者のインタビューに、岸は「日本国憲法は現在海外派兵を禁じているので、改正されなければならない」「憲法九条を廃止すべき時は到来した」と言明している。 これが自主憲法の中身である。安倍前首相のいう「戦後レジームからの脱却」も、これと同じでる。まさに、自衛隊を米軍の身代わりとして海外で戦争させようというものにほかならない。米国の長年の願望である。
なぜ、鬼畜米英と叫んだ戦争指導者が、米国の手先になったのか。その秘密を解くカギが最近発売された完全版『下山事件 最後の証言』(柴田哲孝著、祥伝社文庫)にある。
柴田氏の祖父(柴田宏氏)が勤めていた亜細亜産業の社長で戦前の特務機関である矢板機関の矢板玄(くろし)氏の証言に、その秘密が書かれている。以下、矢板証言の注目部分を引用する。
<岸を釈放したウィロビー>
(佐藤栄作は、兄岸信介の件で来たのではないか。岸信介を巣鴨プリズンから出したのは、矢板さんだと聞いているが)
「そうだ。そんなことがあったな。だけど、岸を助けたのがおれだというのはちょっと大袈裟だ。確かに佐藤が相談に来たことはあるし、ウィロビーに口は利いた。岸は役に立つ男だから、殺すなとね。しかし、本当に岸を助けたのは白洲次郎と矢次一夫、後はカーンだよ。アメリカ側だって最初から岸を殺す気はなかったけどな」
注=東条内閣の閣僚で、戦争指導者の一人であり、A級戦犯容疑者として逮捕された岸の釈放については、昨年9月22日付「赤旗」の「まど」欄が、「GHQ連合国軍総司令部のウィロビー少将率いるG2(参謀部第二部)の『釈放せよ』との勧告があった」ことを紹介している。ウィロビーは、直轄の情報機関として、キャノン機関や戦後も暗躍した矢板機関を持っていた。
<秘密工作の全容の解明を>
CIAが「同盟者」である岸信介に総選挙で資金を流し、てこ入れしたことは、すでに共同通信の春名幹男氏が著書『秘密のファイル CIAの対日工作』(2000年刊、下)で、くわしく指摘している。それによると、マッカーサー二世大使は1957年10月、秘密電報を国務省に送っている。そこには、次のように書かれている。次の総選挙で自民党が負ければ、「岸の立場と将来は脅かされる」。後継争いに岸が負けた場合、「憲法改正などの政策遂行は困難となる」。さらに、「岸は米国の目標からみて最良のリーダーである。彼が敗北すれば、後任の首相は弱体か非協力的、あるいはその両方だろう。その場合、日本における米国の「立場と国益は悪化する」。
マッカッサー大使はさらに岸を援助する提案をしている。その中身について、同書は、「結論から先にいえば、次の総選挙で中央情報局(CIA)の秘密資金を使って岸を秘密裏に支援すべきだ、という提案」だとしている。
しかし、同書はCIAが具体的にどのような工作が行われたのかは明らかではないとしている。今回の週刊文春は、岸へ渡されたCIA資金は一回に7200万円から1億800万円で、いまの金にして10億円ぐらいと指摘しているが、その金が選挙対策としてどう使われたかは触れていない。
CIAの汚いカネで日本の政治がゆがめられたというこの問題は、戦後日本の最大の暗部である。CIAの秘密工作の全容を明らかにすべきである。外国から選挙資金をもらうことは、公選法や政治資金規正法や当時も外為法に違反する犯罪行為でもある。「東京新聞」(10月3日付)で、斎藤学氏(精神科医)が、週刊文春の記事が事実なら大変なことだと思うのだが、「他誌も新聞も平然としている」と疑問をなげかけている。
文責・本山洋(オフイス・マツナガ外部ライター)
参考;
LEGACY of ASHES The History of the CIADoubleday (2007/06/27)
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