うちのいい加減なボスの名言・迷言シリーズのなかで、ちょっとは関心してしまうのが「欲しがりません、勝つまでは」というのがあって、別に太平洋戦争を美化するわけじゃないのだけど、戦争というのが第一義的には、その目的があってその目的が達成されたらオッケーという話でもないのだけど・・・
 だから、戦(いくさ)そのものに、勝とう負けようがよりも、カール・フォン・クラウゼヴィッツ(「戦争論」という名著を書いた人)風に考えると、その目的を達成することを「戦争目的」と考えたら、先の太平洋戦争の目的が、「アジア諸国を欧米列強の植民地主義から独立させる」としたら、ほぼ成功したわけです。ま、日本は米国に占領されちゃったけれど・・・。
 これは身を捨ててアジア諸国を独立させたともとれるわけです。
 こういうのは、日教組の教科書ではおしえてくれないわけですね。
 だから、日本には「戦いに負けたが、勝負に勝った」とか「戦いに勝ったが、勝負に負けた」という表現があって、いい加減なボスは、「日本は民衆レベルでクラウゼヴィッツをこえていた」なんてわけのわからんこという。

 で、問題は、「欲しがりません、勝つまでは」というのは、記者やジャーナリストにとって「最後の奥義」(辻野記者談)だそうです。

 記者は情報のあるところや、情報をもっている人を取材します。しかし、取材しても、その情報をもっている人が話してくれないと、ただの徒労でおわります。

 情報をもっている人といえば、政治家、官僚、警察、検事が代表例ですが、たとえば犯罪を犯した犯罪者なども、情報をもっている。
 そこにいって「質問」したり、または「教えて!教えて!」と取材したり、サイバッチみたいに「吐け!吐け!」と脅したりします。

 つまり「情報が欲しい」わけです。
 これが、「奥義」になると、「欲しがらない、むしろ与える」(辻野記者談)だそうです。
 特に警察、検事などの司法関係者への取材方法は「欲しがりません、勝つまでは」が奥義になってしまうわけです。こちらが、簡単に「欲しがって」、簡単に「教えてくれる」情報は、記者なら誰でもとれるわけですね。いや、明日の新聞にのっかっているかもしれない。

 そこで究極の取材方法が、「欲しがりません、勝つまでは」で、逆にどんどん「与える」べきなのだそうです。

 なんか、「究極の愛」に似ていますね。

 実はこれは、商売の世界でもあるかもしれません。営業にいって「売り込むセールスマン」は最低で「売り込まないセールスマン」が優秀とか、今回の宮崎さんと守屋さんの関係でいえば、たぶん宮崎さんは、「まず、欲しがるまえに、与えた」のですね。ただ、守屋さんは、さすがに官僚だけあってただ、「欲しがった」だけなのかもしれません。だから、おねだり女房みたいのを跋扈させてしまうのでしょう。ですから、善悪は別として、宮崎さんは「優秀な営業マンだった。しかし優秀な経営者でなかった」(ボス談)となるわけです。

 しかし、この奥義なのですが、奥義といわれるだけあって、当方のスタッフはだれも習得しておりません。肝心のボスは「1割ぐらい習得したかな?あと9割は絶望の淵」だそうです。

 うちは無理ですから、これからジャーナリストや、起業家をめざす若い人には、ぜひ、「欲しがりません、勝つまでは」を習得してください。これが、お国のためです。

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以上