チベットの歴史については、以下の2冊が興味深い。
ダライ・ラマの亡命にあたって、チベット側から書かれたのが、
地湧社 (1991/01)
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ダライ・ラマの亡命に関して、「陰謀」ととらえる中国側からの視点でまとめられたのが、
東方書店 (1994/11)
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歴史は、勝った者が記録する。
日本語で読める唯一のまともな歴史書
偏見の無い公正な目でみた???チベット現代史
こうした本をよむと、CIAとチベットの関係がよくわかる。
>1950〜60年代、チベット人たちは中国軍の侵攻に対して抵抗軍を組織した。圧倒的な武力を持つ中国人民解放軍の前に、原始的な武器と馬で立ち向かうチベット人…というイメージが強いが、抵抗軍の中にはアメリカでゲリラ戦の訓練を受けて送り込まれた精鋭もいた。
>抵抗運動の中心となったのは、現在四川省となっている東チベット出身のチベット人(いわゆるカムパ)たち。1959年にダライ・ラマ14世が亡命した際、国境まで護衛にあたっていたのも彼らだ。抵抗組織のうち最大のものは、リタン出身のゴンポ・タシが率いる「チュシ・ガントゥク」(四つの河 六つの山脈)だった。
>ダライ・ラマ14世の2番目の兄ギャロ・トンドゥプ。中国人の妻を持つ彼は、チベット現代史の陰の主役だ。常に法王にかわって“汚れ役”を務めてきた(今なお務めている)存在とも言える。法王が北京を訪れた1951年前後には、すでにCIAと接触を持っていた。CIAはチベット人にゲリラ戦や諜報活動の訓練を施し、装備とともにチベットにパラシュート投下する作戦を展開した。どれほど効果的だったのかは定かではないが、CIAは確かに一時期、チベットに何らかの形で介入していたらしい。
>コロラド州のキャンプ・ヘイルで訓練されたチベット人の数は259人にのぼるという。ダライ・ラマ法王が亡命した後も、抵抗軍はネパール国境のムスタンを拠点として戦いを続けた。
>しかし、アメリカと中国の政治的接近によって見捨てられることになる。1974年、ムスタンにたてこもっていた義勇軍は、カセットテープに吹き込まれたダライ・ラマ法王による説得のメッセージにより、ネパール軍に投降したとされている。
youtubeを検索していたら、当時の貴重な映像とドキュメンタリーがヒットした。
このドキュメンタリーは、当時の写真、映像、関係者の証言でまとめられている。BBC放映用に制作されたものである。
The CIA in TIBET 1
The CIA in TIBET 2
The CIA in TIBET 3
The CIA in TIBET 4
The CIA in TIBET 5
The CIA in TIBET 6
以上
