本サイトで、佐藤ゆかりさんは、やはり大物だった 2008年05月31日
で、告知したとおり、6月11日、赤坂プリンスホテル・クリスタルで佐藤ゆかりさんの政治資金集めパーテイが開催された。
以下、辻野記者のレポート。
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6月11日、赤坂プリンスホテル・クリスタルで行われたパーティには350人も集まるという盛況であった。
会場は1000人以上も入るというクリスタルと聞いて会場にいた行ったのだが、1年生でこれくらい集められるとはたいしたものだ。
しかも今年になって岐阜1区で野田聖子との公認争いに敗れ東京5区に鞍替えしたばかり。
5月末にも小泉純一郎元総理を呼んで東京第5支部の総会を開いている。
それから2週間で個人パーティを開くなんざー、並の人物じゃーないと踏んだ。
1000人以上も入る会場を2つに仕切って
第一部は中川秀直元幹事長の講演。
第二部は懇親会という2部構成だった。
注意:当時のパーテイの様子の写真はこちらへ
当方のボスがブログ入稿すると写真がはいらない件
参考:佐藤ゆかりに関するニュース
挨拶も渡辺喜美金融担当大臣、鴨下一郎環境大臣、額賀福士郎財務大臣、小池百合子元防衛大臣、猪口邦子元少子化担当大臣、武部勤元幹事長、山崎拓元自民党副総裁、町村信孝官房長官など多彩。
そういえば女房が十数億円も踏み倒した小杉隆代議士も来てました。
(これにはうちのボスも一安心?)
鴨下は「ここに来られている人の半分は岐阜の人、後の半分は選挙区の人。すべて日本の人です。佐藤さんをよろしく」
額賀財務大臣
「今日、参議院で問責決議案が可決された。思い起こせば10年前、私が小渕恵三内閣の防衛庁長官の時だった。当時、調達実施本部事件が勃発。私はこのような調本を廃止・統合という改革に取り組んでいた最中でもある。
また、日米安保体制の改革や北朝鮮との険悪な関係を考えているときだった。
当時自民党は衆議院では過半数維持、参議院では過半数にも満たず片肺内閣と呼ばれていた。
そんな中、参議院で私の問責決議案が可決。それ以後、審議は完全にストップしてしまう。
私は国会審議の停滞を許してはならないと「辞任」決意し、国会正常化をそくした。
今回の福田内閣不信任案可決はどうということはない。
内閣としては堂々と自分らが掲げる政策を推進すればいい」
なーんて自分の辞任は自分の無能とは関係なく国家のために切腹したのだと強調するんだが・・・・・。額賀さんってそんなに政策通だったけ?
まあいいか・・。
余談だが、津島派でも「あの人は抑揚もないし何いってるんだかわからない人」という評価だそうだ。
小池元防衛大臣は先頃、小池百合子、佐藤ゆかり、猪口邦子の3人で「政界キャンデーズ」を結成。
「女性による、女性のための何とかカントカ」という勉強会を結成したという。
どうでもいいようなことは覚えないのが私の取り柄なんであしからず?!
佐藤ゆかりの登場だ。
「私はエコノミストとして・・・・・」などとしゃべっていたが、世界の経済状況と日本の経済・政治情勢が具体的な数字として説明されればわかりやすのだが、全く現状の数字も出てこない。精神で何とかなるというようなことをいうだけで、「この人、本当にエコノミストなの?」な−−んて声も聞かれた。
さて、恒例の乾杯になると目黒区長がいるだけで永田町の政治家は全部帰って一人もいないのだ。
これもまた珍しい。普通は義理にでも数人残っているんだがねーーーー。
料理といえばかなり安くあげたな・・と思えるほど量が少ないのだ。
それと「あんた、ただでおいしい料理が食べられるから佐藤ゆかりのパーティに行かない」
と誘われたような中年のおばさんの多いこと。いわゆる人数集めのエキストラか?
このおばさんたちが一斉に料理をむさぼるのだからたまらない。
プリンスホテルが用意した料理もあーーーっという間になくなった。
ともあれ岐阜一区から東京5区へ転身。短期間にこれだけ人を集められるとはねー。
がんばって欲しいと思う。
と思った矢先、某編集部に「岐阜から来た人が半分という発言がありましたが、実際には10人程度です。訂正をお願いします」
佐藤ゆかり事務所から訂正の電話が入った。
岐阜から来ようが世田谷から来ようがコチトラに取ってはどうでもいいことと、おもったが、この辺の数字が正確ということは、やはりエコノミストならではか・・・・。
佐藤ゆかりの総理への道のりの第一歩がはじまった・・・か?
取材:辻野匠師
