【時代小説発掘】
薩摩いろは歌 雌伏編(五)慈父の眼差
古賀宣子


(時代小説発掘というコーナーができた経緯)


これまでのあらすじ:
 大久保利通の原点はお由羅騒動ではなかったか。斉彬派に属し、喜界島遠島に処せられた父次右衛門は、流人船で発つ日の朝、果たせなかった志を、正助(大久保利通)と吉之助(西郷隆盛)に託していく。「企ては発覚しては何もならぬ。慎重に念には念をいれど。激しては負けだ」(本文より)
 一網打尽と思われた処分に、四人の脱藩者が判明し、敵方(庶子派)は探索の目をゆるめない。二人は仲間との会読の集まりも控えがちになる。その二人を脇から支援しているのが羅宇屋の錦屋源助(黒田家隠密)。役料が途絶えてかさむ借金に母の病。そしてかつて父が赴任した沖永良部島に住む島妻からの手紙に心揺れる母。苦悩はどん底に近い。立て続けに肉親を失った吉之助も同様だ。そんな中、二人は江戸詰のため旅立つ仲間たちを水上坂まで見送る。心の柱は郷中教育で叩きこまれた日新公いろは歌だ。林間に後姿が消えるまで見送った二人は、白く変じた月を凝視した。(中略)「おい達の月は、すでにこれ以上へこみようがないほど細か」我に返ると吉之助が胸に手をあてている。
「そん代わい、両端は天空を突き刺す如くだ」
 二人は肩を揺すり、低く抑えるように笑い声を洩らした。(本文より)



梗概:
 藩主斉彬の二度目の帰国が翌月に迫っていた嘉永六年五月、謹慎が解かれた正助は再び記録所へ。今回の赦免は謹慎・免職の者たちだけで遠島者は含まれていない。斉彬が藩主になれば、すぐにでも高崎崩れの犠牲者は処分が解かれ、一方反斉彬派は厳しく罰せられるであろうと期待していただけに、藩士たちの不満はくすぶっていく。ある日正助は吉之助に思い切って打ち明けた。日頃から抱懐してきた意見を上様に伝えてみてはどうかと。一晩かけて書き上げた建議書を二人は源助に託す。と、思いがけなく年の瀬に、言葉を尽くした斉彬直筆の諭告書が・・。
・・当国は昔より隼人と唱え、人気(じんき)勇壮比類なき候えども、第一のかん忍は薄き方にて候間(中略)・・
 黙読をしていた二人はどちらからともなく声を合わせた。
「痛いところを突かれたな」(本文より)



作者プロフィール:
古賀宣子。年金生活の夫婦と老猫一匹、質素な暮らしと豊かな心を信条に、騒々しい政局など何処吹く風の日々です。新鷹会アンソロジー『武士道春秋』『武士道日暦』『花と剣と侍』、代表作時代小説『剣と十手の饗宴』などに作品掲載。
 当コーナー【時代小説発掘】では、編集担当。


薩摩いろは歌 雌伏編(一) 仙巌洞
薩摩いろは歌 雌伏編(二) 血染めの裃(かたぎぬ)
薩摩いろは歌 雌伏編(三)島からの手紙) 
薩摩いろは歌 雌伏編(四)十六夜の空)

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薩摩いろは歌 雌伏編(五)慈父の眼差(無料公開)2010年12月5日